異人乃戀
珮護が去ってから湖阿は部屋の隅に置いてあった鞄と制服を手にとった。
寝かせられる際に誰かが着替えさせてくれたのか、湖阿は白い浴衣を着ていた。
鞄の中は何にも変わっていない。その中だけは元の世界だ。見るのが少し辛い。
湖阿は鞄を置くと、制服だけを持って布団の側へ行くと着替え始めた。
いつまでも夜着でいるわけにはいかないし、着慣れていないため動きづらい。
「救世主様、入りますね」
着替え終わったとちょうどに咲蘭が入ってきた。
「お食事をお持ちしました」
咲蘭は微笑むと食膳を湖阿の前に置き、布団を片付け始めた。
「冷めないうちに食べてくださいね」
「いただきます」
湖阿が布団を片付けるのを手伝おうと腰を浮かしたのを制しするように咲蘭が言い、湖阿は手を合わせて食べ始めた。
お腹は空いたものの、あまり食欲が無いと思っていたが、みるみるうちに膳は空になっていった。
「ごちそうさま」
湖阿が食べ終わって咲蘭の方を見ると、咲蘭は微笑んだままで湖阿を見ていた。
湖阿としては困りものだ。どうしていいか困る。
「……お、美味しかった」
「そうですか?伝えておきますね」
なおも笑顔で湖阿を見ている咲蘭に、居心地が悪くなってきた。何を考えているのかさっぱり分からない。
「ねぇ……何か顔についてる?」
「いいえ」
「あ、そう?」
ならそんなにみないで欲しいと心の中で言うが、口には出さない。
この世界の人はおかしい。湖阿はそう思わずにはいられなかった。しかし、実際湖阿が変な人だと思ったのは夜杜と咲蘭だけだ。
「わたくし達は救世主様を待ち望んでいました」
「……そう言われても、私は何もできないわ。何が出来るのか分からないし」
湖阿は深いため息をついた。子を産む以外に何ができるのだろうか?
「わたくしたちも分かりません」
「何にも?」
はい。と頷く咲蘭に湖阿は安堵した。子を産むことが救世主がこの世界を救う手だということを皆が知っているわけではないのだ。
「はい。救世主様に関する書物に書いてある救世主様は光を生む……これが分かれば……」
湖阿は少し鼓動が速くなった。光は子だ。救世主の産んだ子が世界を救う。
知っている湖阿は当たり前だが、そうとしか考えられない。
「さ、さぁ?何だろう……ね」
「志瑯様なら分かるかもしれませんね」
そう言うと、食膳を持って部屋を出ていった。