異人乃戀
志瑯は知っているのだろうか?知っていなければおかしいと思うが、湖阿は知っていても欲しくないと思った。
知らなければ子を産まなくていいという確率が増える。もし知っていれば……無理矢理にでも産まさせられる可能性があるのだ。
周りが知っていれば、謀られる可能性だってある。
「青龍の長は知っているよ」
湖阿が驚いて見上げると、夜杜がいた。
「夜杜……神出鬼没ね。急に現れないでよ」
「現れ方に先に反応するんだね。さっき言った事の方が驚くはずなのに」
「は?さっき?」
湖阿は夜杜が何を言っていたのか思い出そうとしたが、言葉というより声に驚いただけで覚えていなかった。
「だから、志瑯は知っている。それに、玄武の長とかそこら辺も知ってるよ」
「え!……最悪」
志瑯が無理矢理ということは無いと思うし、周りも謀ることは無いと思うが、会ったばかりで信用はしきれない。
それにしても、周りが知っていたのに何故咲蘭だけが知らなかったのかが不思議だ。
「言っておかないと救世主としての役目が果たせないからね」
「……夜杜が言わなかったら知らなかったってこと?」
湖阿が低い声で問うと、夜杜は陽気に頷いた。
「何で言うのよ!」
夜杜が志瑯に言うのは当然だが、湖阿としてはよくない。言ってくれない方が良かった。
そんな役割は果たしたくないと湖阿は思っていた。
「大丈夫。志瑯は無理矢理押し倒したりはしない」
「そうね、夜杜とは違うもの。……他には無いの?」
湖阿が問うと、夜杜は首を横に振った。
夜杜のことだから何か隠しているのかもしれないと思ったが、本当に無いらしい。困った顔をしている。
「……でも、救世主がいるだけで結束力が強くなる。救世主は民にとって女神だ」
救世主は直接何かをやるわけでは無く、自由へと人々を動かす。ただ、それだけでは勝算はない。
「救世主が子どもを産んだらどうなるの」
何か特別な力を持って生まれるのだろうか?
「救世主の子は……」
「子は?」
「まだ秘密」
意地悪そうに笑うと、湖阿の頭を優しく叩いた。
「その時になれば分かるよ」
その時は無いと反論しようとしたが、夜杜はさっさと消えてしまった。
湖阿は夜杜の去り際に浮かべた辛く悲しそうな表情を見た。
なぜあんな表情をしたのか……考えても湖阿には分からなかった。