異人乃戀
「救世主様!」
立ち止まって考えていた湖阿は、呼ばれて振り返ると咲蘭がいた。
「お母様達がお呼びですよ」
「あ、うん。……そうだ、ねえ、凪って人知ってる?」
湖阿が問うと、咲蘭は笑顔のまま一瞬止まったように見えた。
聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと後悔しかけた湖阿だが、咲蘭は湖阿の目を真っ直ぐ見ると口を開いた。
「凪様は……志瑯様の側女です」
聞き慣れない単語に湖阿は眉間にシワを寄せた。
「側女?なにそれ?」
「……本妻ではない方です」
その言葉に湖阿は目を大きく見開いた。
「愛人!?」
「王であった志瑯様にとって側女は必要なんです」
国を統治し続けるためには必要なこと。もし、本妻だけだとして子が産まれなかったら直系の次期王が居なくなって混乱を招いてしまう。
当然のことなのだ。
当然のことだと分かってはいても、当然ではない世界の湖阿は少し抵抗を感じてしまう。
「ねぇ、志瑯って奥さん居るの?」
「居ません。本妻に迎えられるのは本当に愛した人だけですから」
愛しい人がいない場合は、本妻は一生居らず、側女だけになる。今までの王で本妻が居ないということは殆ど無かった。
「王にも早く現れたらいいんですけど」
「確かにそうね。志瑯を支えられる人に志瑯が出会えたら救世主なんていらないわよ」
湖阿は純粋な気持ちで志瑯に愛しい者が現れるのを願っていた。孤独で寂しい目をした志瑯を救える人が早く現れればいいのに、と。
支える人が現れれば国を救えると安易な考えではあるとは思うが、湖阿はそう思った。
「もう出会ってるのかもしれませんね」
「そうね。……そうなの?」
そう言うと、咲蘭は微笑んだ。
「凪さんが本妻になるってことはないの?」
「無いです」
咲蘭は即答すると、珍しく苦笑した。いつも笑顔の咲蘭が苦笑するなんて珍しい。
「側女というのは名だけで……あのお二人が床を共にしたことは無いんです」
側女から本妻になることは少なくない。本妻にするために側女にすることもある。
青龍族の有力者の娘である凪もそのために側女になったのだ。しかし、二人は床を共にしなかったどころかほとんど顔を合わせなかった。
周りの者が二人を引き合わせようとしたのだが、頑張りも虚しく何も無いまま今に至る。