異人乃戀
湖阿が入るように言われた部屋には志瑯だけが座っていた。てっきり咲蓮たちもいると思っていた。
「では、少々お待ち下さい」
湖阿を押すように部屋に入れると、咲蘭は頭を下げてさっさと部屋の前から居なくなった。
残された湖阿はどうすればいいのか悩んでいた。志瑯と二人になるのは初めてではないが、今は話題が見付からない。話題が見付からないからと黙っていたら、ずっと重い沈黙のままだろう。
「座るといい」
「あ、うん。……はい」
志瑯の前にあった座布団に座るように促されると、湖阿は志瑯の顔を一瞥して座った。
座るように言われただけとは言え、志瑯から言葉を発するとは思わなかったのだ。
湖阿は今日は絶不調だった。無理やり話題を作ろうとするのだが、うまく行かない。そうこう考えている内に、沈黙のまま五分以上経ってしまった。
沈黙を破ったのは、以外にも志瑯だった。
「救世主は嫌か」
「……嫌ではないと思う。でも、私には何にも出来ないもの。居る必要がある気がしないわ」
それは湖阿の本心だった。そして、それはいつか誰かが思うことかもしれない。何の力もないただの非力な娘だといつかは皆気付くだろう。
「と思ったところで帰ることもできないからどうすることもできないんだけど。でも……」
苦笑しながら言うと、志瑯が強い瞳で湖阿の目を見た。
「救世主としての役目を果たそうとしなくてもいい」
その言葉の意味はすぐに分かった。子を無理に産もうとしなくていいと言っているのだろう。湖阿としては、それをどのような意味でとればいいのか迷うところだ。
「私も王としての役目を放棄していた」
自分がやらなかったことを他人にも強要したくないのだろう。それに、志瑯にとっては今回も前も同じだ。
「志瑯にも関係ないことじゃないもの。無理に……ね」
湖阿は顔が火照るのを感じ、誤魔化すように俯いた。よく考えると恥ずかしい。湖阿はその手の会話にあまり慣れていないのだ。学校でその手の話題が出ると、さっさと湖阿は逃げ出していたのだ。
湖阿は顔から熱が引くのを待ってから顔を上げると、志瑯が湖阿のすぐ前に立っていた。
「志瑯?」
志瑯はしゃがむと、湖阿を抱きしめた。
「志瑯と呼んでくれるのは湖阿だけだ」
耳元でする低い声に湖阿は気が遠くなるような気がした。思考が回らず、今何が起こっているのか分からない。
志瑯に自分の名前が呼ばれたことすら分からなかった。誰が志瑯と呼んでいるのだろうかと考えていると、思考がはっきりとしてきた。それと同時に恥ずかしさも込み上げてくる。
志瑯から離れようかと思ったが、湖阿は動けなかった。志瑯が強く湖阿を抱き締めていることもあったが、離れたくないと心のどこかで思ったのだ。