異人乃戀

 志瑯の母、緑果はそれは美しい人だった。凪と同様に王の妃となるべく生まれ、実際に彼女は志瑯の父に見初められ妃となった。

「母は美しすぎた。……白虎族の長に目を付けられた母はある日犯され、己で死んでいった」

 緑果は王の妃であるといういうことが存在の全てだった。もし、知られれば自分はもう妃ではいられないと考えた彼女は、舌を噛み切った。
 当時、既に青龍族と同じくらいの力を持っていた白虎族に対して死の真実を知った青龍族の重役は何も言えなかった。王でさえも。

 抗議をすれば白虎族は王都を襲い、王位を奪うという事態に成り兼ねないと踏んだのだ。実際、その数年後に白虎族は王位を奪ったのだが。

 このことを知っているのは今では志瑯と咲蓮と鷹成の三人だけだ。

「酷い……」
「白虎はそういうものだ。盗賊のあいつらは人から何かを奪う事しか考えていない」

 そんな人達に国を任せれば、この国がどうなるのかは目に見えている。

「志瑯……私、何にも出来ないけど……出来る事は手伝うから」

 湖阿がそう言うと、志瑯は首を横に振った。

「何もしなくていい」
「どうして?……何にも出来ないけど、何かあるかもしれないじゃない!」

 身を乗り出して湖阿が言うと、志瑯は湖阿の頬に触れた。

「白虎は必ず救世主を狙ってくる。白虎の救世主になり得るのであれば尚更」

 志瑯は夜杜に青龍だけの救世主ではないということを聞いていたのだ。言っておかなければもしもの場面で困ることがあるかもしれない。

「湖阿は自分の身だけを案じていればそれでいい」

 その言葉に湖阿は首を振った。自分の身だけを案ずるなど、湖阿には出来ない。湖阿は自らの頬にある志瑯の手に触れると、首を横に振った。

「案じていたって案じていなかったって、何かあるときは何かあるのよ。なら、やれることはやりたいじゃない」

 湖阿が微笑むと、志瑯が再度湖阿を抱きしめた。

「やはり強い……」

 耳元で聞こえる低く艶っぽい囁きに、湖阿の背筋に悪寒のようなものが走った。頭にある手が髪を撫でるように動くたびに、何かが込み上げてくるような気がする。

「湖阿……おぬしは私の側に居てくれるか?」

 湖阿は志瑯にとって大切な人が現れるまで側に居ようと、微かに頷いた。

「大切な人が出来るまでね」

 その言葉を聞いた志瑯は、湖阿から体を離すと湖阿の顔をじっと見つめた。

「私は……」
「志瑯様!」

 志瑯が言葉を続ける前に、襖が勢いよく開いて鷹宗が入って来た。主の居る部屋へ入るというのに、外で了承を得ない所が鷹宗らしい。鷹宗は礼儀作法に滅法弱いのだ。

 湖阿はややこしくなるだろうと瞬時に判断すると、志瑯から少し離れた。




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