異人乃戀

「な……何やってんだお前!」

 鷹宗は驚いた顔をして固まった後、荒々しい足取りで湖阿の前まで歩いて来た。
 そして、座っている湖阿を睨んだ目つきで見下ろした。たたでさえ目つきが悪いのだ。威圧感がある。しかし、湖阿は怯まなかった。

「何もしてないわよ!話してただけじゃない」

 湖阿は知らない内に顔が赤くなったらいけないと思い、勢い良く立ち上がり声を張り上げた。

「じゃあ、何で近かったんだよ!距離が!」

 わざわざ手で距離を表す鷹宗に、湖阿はさらに腹が立ってきた。しかし、鷹宗の示す距離は普通に話している距離と言っても不自然ではない。そのことに内心動揺している湖阿は気付いていないのだが。

「気のせいよ!目、悪いんじゃないの?」
「悪くねえ!悪いのは目つきだ!」
「なんだ、気にしてるの?その目つきの悪さ」
「うるせー!」

 言い争い騒いでいる二人をよそに、志瑯は鷹宗が入ったまま開け放した襖から廊下を見た。

「咲蓮」

 志瑯が言うと、咲蓮が部屋の中へ入ってきた。咲蓮は言い争う二人を見ると苦笑し、志瑯に対面する形で座った。

「お話はできましたか?」

 咲蓮が問うと、志瑯は微かにうなずいた。志瑯の表情は何も変わらない。長年見てきているが、咲蓮は志瑯の気持ちを感じることができたのはほんの数回しかなかった。しかし、今、志瑯が何を思っているのかはわかる。

「志瑯様、申し訳ない。私たちは志瑯様と湖阿様を嵌めようとしていました」

 咲蓮が静かに言うと、志瑯はまた頷いた。

「私に薬は効かない。……分かっているだろう」

 咲蓮はそうでしたね、と苦笑すると、額を地につけた。
 志瑯は毒による暗殺を防ぐために、幼い頃から毒を少量ずつ接種してきた。そして、念のために薬が効かないようにと術がかけられているのだ。

 志瑯がいつの間にか体内に入れていたのは媚薬。お茶にでも入れたのだろう。

「本当に申し訳ございません。」

 国を心配した故のこと。それを分かっている志瑯が許さないはずもない。

「……今の状況がどれだけ危険なのかよく分かった」

 咲蓮は志瑯に媚薬を飲ませたところで効かないということを分かっていた。それでもなお、仕組んだのはどれだけ追い込まれているのか、どれだけ咲蓮たちが焦っているのか志瑯に知らせるためだったのだ。

「咲蓮、皆を集めろ」

 咲蓮は返事をすると、立ち上がり一礼をして部屋を出て行った。

「あれ?いつの間に咲蓮さん来てたの?」

 鷹宗との言い争いが少し軟化してきた湖阿が志瑯に問うと、志瑯は立ち上がった。

「先ほど来た。……鷹宗、鷹成を呼んでこい」
「分かりました」

 鷹宗は湖阿を睨みながら部屋を出ていった。



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