異人乃戀
何をされるのだろうという恐怖が全身を駆け巡る。
敵である白虎族にとって救世主は邪魔な存在であり、脅威でもある。
命を取られたっておかしくはないのだ。
逃げようと思うのだが、やっぱり身体は動いてくれない。
「どうして欲しい?」
くつくつと笑う遊真に湖阿は恐くないと心の中で自分に言い聞かせていた。
「……いくら玄武の屋敷とはいえ、救世主を一人で歩かせるのは不用心すぎるんじゃないか?」
もっともなことを敵である遊真に言われ、湖阿は自分の行動をさらに後悔した。
「まぁ、一人でよかったんじゃないか?」
何が良いのか分からないという表情をすると、遊真は妖しく笑った。
「もし弱いのに噛み付いてくるような奴が一緒だったら消さなきゃいけない」
座り込んでいる湖阿の目線に合わせると、遊真は湖阿の髪を掴んだ。
気持ちでは振り払おうと思うのだが、やっぱり力が出ない。
「今すぐお前を消すのは簡単だ」
「……何よ。何なのよ!」
湖阿は恐怖か怒りが混じり合った感情を爆発させ、遊真の手を振り払うと勢いで立ち上がった。
「知らないうちにこの世界に 連れてこられて……お前は救世主とか言われて……子どもを産むとか……それに殺されそうになるし、本当は……!」
湖阿はふと我に返ると、遊真から少し距離をとった。敵に何を言っているのだろうかと、自分自身に呆れる。
遊真がどんな反応をするのか気になったが、遊真はしばらく黙って湖阿を見ていた。
何か言われるよりも黙っている方が何を考えているか分からず、こわい。
「子どもを産むってどういうことだ?」
予想外な言葉に湖阿は唖然とした表情をした。が、すぐに気付いた。
夜杜以外は救世主が何をできるのかを知らなかった。遊真も知らないということだ。
誰も知らないということは、知られてはいけないということではないのかと湖阿は後悔した。
「な、なんでも無いわ」
「……言え」
眉間に皺を寄せながら近付いてくる遊真に思わず言いそうになったが、どいにか思いとどまった。
言ってはいけない。何かが湖阿に警告する。
「いや……嫌!」
湖阿のすぐ側まで来た遊真に何かされるんじゃないかと強く目を瞑ったが、遊真は何もしてこなかった。
恐る恐る目を開けた湖阿が見たのは楽しそうに笑う遊真の顔。
「そうか……そういうことか。あいつももう老いぼれだな」
妖しく笑う遊真の言葉に湖阿は首を傾げた。
何が分かったのか、それに老いぼれとは誰のことなのだろう。