異人乃戀

 遊真は湖阿の肩を掴むと柱に押し付けた。

「救世主の役目が子を産むことだというのは初めて聞いた」

 湖阿は知られてしまったことではなく、他のことが引っかかった。

「……だというのは、ってどういうことよ」

 まるで他の救世主の役目は知っていたと言った風に聞こえた。

「他の救世主と何かが違う」

 遊真の言葉に、真っ先に浮かんだのは腿に出る四つの印だった。
 他の救世主と大きく違うのはどの族の救世主にもなれること。

「……知らない」

 これが知られるとなにをされるか分からない。確実に自身の族である白虎族の救世主にしようとするはずだ。

「知らないはずは無い」
「知らないわよ!私は巻き込まれただけだし……」

 湖阿が睨み付けると、遊真は湖阿の顎を掴んで湖阿の顔を上げた。

「巻き込まれたと言う割には肝が据わっているな」
「怯えてるだけなんて、私には合わないわ」

 体勢は押しつけられたままだが、敵である遊真と会話できているということを自らも驚いていた。
 遊真は湖阿の顎から手を離すと、目線を下に向けた。ちょうど、湖阿の腿辺りに。
 印があることを思い出した湖阿は、隠そうとスカートを押さえたが、あっさりと手は退けられてしまう。

 もし、青龍以外の印が出てしまっていたらどうすればいいのだろう?
 両手を片手で押さえつけると、遊真は印のある腿に手を伸ばした。印はスカートで隠れていてほんの僅かしか見えない。

 スカートの裾を上げると、青い青龍の印だけがあった。

「これが救世主の証か」

 遊真の手が印に触れる。嫌だと思うのだが、手を押さえられていてどうすることもできない。

「……もし青龍の長が間違った道に走りそうだったら救世主はどうする?」

 いきなりの思いがけない言葉に湖阿は目を瞬かせた。
 志瑯が間違った道に走るなんて湖阿には想像できない。しかし、もし志瑯が民のことを考えなくなってさまったら……。

「注意するわ。私の言葉で変わってくれるなんて思わないけど……」

 遊真はそうか、とだけ言うと湖阿の目を真っ直ぐ見た。
 見てはいけないと何かが警告するが、どうしてもそらせない。金縛りにあったよいに体も動かせなくなった。

「白虎族はどういう族か聞いただろ?」

 湖阿は働かなくなってきた頭で聞いたことを思い出そうとしたが、なかなか上手く頭が回らない。

「……白虎は盗賊。人の思考だって奪うことができる」

 だから目が離せないのか、と妙に冷静に考えていると、頭の中でに白い何かがチラツいた。

「離して……離して!」

 最後の力を振り絞るように湖阿が叫ぶと湖阿の周りに風が巻き起こった。
 湖阿に纏わりつくように吹く風に、遊真が湖阿から離れると風はさらに威力を増す。
 湖阿は何が起こったのか分からず、風の中心で唖然とした表情で立っている。

「これが……救世主の持つ力」

 遊真は願ってもみない玩具の登場に、口の端をあげた。



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