異人乃戀
湖阿は風が吹く中、徐々に冷静になってきた。
この風が何なのかはさっぱり分からないが、自分を助けてくれるものだということが分かればそれで安心できる。
湖阿はどうすれば遊真から逃げることができるか考えていた。この風がいつまで吹いているか分からない。それに、遊真から離れないことにはどうしようもならない。
このまま走って逃げることができるか考えてみたが、無理だ。動けば風は無くなると湖阿は直感的にそう感じた。
湖阿が考えている内に段々と風は威力を失っていく。
それに気付くが、焦るばかりで何も浮かばない。
一時の休息なだけだったのかと半ば諦め、風の遊真を思うと体が強ばってくる。
風が無くなると思ったその時、廊下の角を曲がってくる影が見えた。
「湖阿様!」
咲蘭は湖阿を見、間に居る遊真の姿を確認すると間合いをとって止まった。
遊真が咲蘭を見たすきに少し後ろに下がり、遊真から更に距離をとる。
「……虎猛遊真」
咲蘭が呟くと遊真は湖阿に背を向け、完全に咲蘭の方を向いた。
が、完全に意識を咲蘭に向けたわけじゃないのか、何か纏わりつくものを感じ、湖阿は動けなかった。
「咲蘭、久しぶり」
遊真の声色がさっきまでとは明らかに違う。何か優しさを含んでいる。そ
れが油断させる為なのかどうなのかは分からないが。
「……お久しぶりですね」
遊真に対抗するように咲蘭も笑顔になり、いつものような表情になった。
しかし、二人の空気は見た目のように穏やかなものではない。
少しでも動けば命を取られるような殺伐とした空気。
「なぜあなたがここにいらっしゃるんですか?」
「遊びに来ただけだ」
「じゃあ……早くお帰りください」
咲蘭が白い石を左手に持ち、何かを呟くと手の中の石が薙刀へと変わった。その薙刀は柄の玄武の絵以外は全てが白い。
咲蘭が遊真に向かうと、遊真も刀を取り出した。全てが黒い刀。まるで咲蘭の薙刀と対になっているようだ。
「湖阿様!」
湖阿は咲蘭の声のすぐ後に走り出した。咲蘭は少なくとも湖阿より強い。それに、玄武の次期長なのだから強いはずだ。
もしかしたら追いかけてくるかもしれないと思ったが、咲蘭が止めてくれたようだ。金属のぶつかる音が聞こえたが気にしている訳にはいかない。
湖阿はとにかく誰かに会おうと夢中で走った。