異人乃戀
誘い‐イザナイ」‐
湖阿が目を開けると、暗闇の中だった。自分の手さえも見えない純粋な黒。湖阿はずっと持っていた携帯電話を開くと、辺りを照らしてみたが何も無い。
携帯電話の画面を見ると圏外。学校で圏外の場所は無い。それに、尋常な暗さではない。
湖阿は立ち上がると、制服の埃をはらった。何も見えないような暗闇に長時間いるわけにはいかない。
立ち上がったのはいいが、携帯電話の光だけではどうしようもない。
「誰かー」
無駄だと思っていても、呼んでしまう。自分の声でもいいから、誰かの声が聞きたかった。
「どうしたんだい?」
聞こえるはずが無い声が突然聞こえ、声がした方に警戒しながら携帯電話を向けた。
「だ、誰?」
湖阿の問いには答えず、代わりに湖阿の手を掴んだ。伝わってくる温もりに、湖阿は少しだけ気が楽になった。
「ここは危険だから」
声の主が湖阿の腕をひくと光に包まれ、辺りが一気に明るくなった。
人に会えた安心感と、暗闇から抜け出せた開放感に湖阿は身体の力が一気に抜け、へたりこんだ。
「余程怖かったんだね」
「当たり前ですよ……。何が何だか……」
そう言いながら顔を上げた湖阿の動きが止まった。
「どうしたんだい?」
美しい白銀色の髪の男は少し妖美に、優しく微笑んでいる。目の色は金色で銀の長髪と白い肌にとても映えていた。
白い着物を着崩した装いに、湖阿は逸らすように俯いた。
兄三人の末っ子に生まれた湖阿は、男の裸は見慣れているが、綺麗な男など見慣れていない。
「名前は?」
「湖阿……。如月湖阿です」
湖阿が言うと、男は目の奥を光らせた。優しい笑顔だが、湖阿は少し恐怖を感じた。
「私は夜杜(やと)。神族の長だ」
湖阿は意味が分からず、首を傾げた。神族とは何なのか……ここはどこなのかーー。
「ここは……どこですか?」
「ここは裏倭(りわ)の国と湖阿の住んでいる世界の中間地点の神族の領地。裏倭は湖阿の住んでいる世界の裏側だ」
夜杜の言葉を疑うが、今まであった不可解な出来事も関係しているのではないか?という考えに行き着いた。
もし信じられないが、異世界に来てしまったとすれば、全て説明がつく。
世の中には非現実的なことも有るのだと。