異人乃戀
くのいち
志瑯は湖阿と夜杜が去ったのを黙って見送ると、湖阿の部屋に一つの影が現れた。
「……風波(かざなみ)」
顔まで隠す漆黒の衣装を身に纏った忍びであろう女、風波は志瑯の近寄ると、口元の布を少し下げた。
「志瑯、白虎族に特に目立った動きは見られなかった」
風波の報告に、志瑯はおかしいと思わずにはいられなかった。
白虎族の長がわざわざ敵陣に来たのだから、何か動いてもおかしくない。
白虎族長が個人的に来たのであればそれもおかしくはないかもしれないが。
「様子はどうだった」
「静かすぎる。それに、不用心だ。衛兵が門にもどこにも居ないなんて……」
普通なら罠の可能性が大きいのだが、罠では無かった。それに、監視すらしていなかったのだ。
「人は?」
「人は居たし、重役も居た。けど……人が異様に少ない」
それが何を意味するのか……。志瑯は立ち上がった。
「風波、朱雀を見に行ってくれ」
「承知。……もう一度城も偵察に行ってくることにする」
城に居ないのならば、兵は朱雀に居るはずだ。白虎にとられるまで青龍族が居た城なのだから、城の弱点を知っている。
もし時が来て攻める時に僅かでも青龍族が有利になる可能性があるから朱雀の屋敷を拠点にしようと考えたのだろう。
「志瑯、どこへ行くんだ?」
「皆に言いに行く」
志瑯が部屋を出るために動くと、風波はため息をついて志瑯の肩を掴んだ。
「救世主を一人にする気か」
風波が言うと、志瑯は風波を見た。
あんなことがあったのだから一人にすることは出来ない。また何かあったらいけないし、湖阿も一人では居たくないはず。
「すぐに戻る。……さっきの聞いてたのか?」
「……気付いてたくせによく言う」
再度ため息をつくと、風波は志瑯に背を向けた。
風波が潜んでいたことに志瑯が気付かないはずはない。
「湖阿をどう思う?」
「明るくて可愛い子。……いつまでもそのままで居て欲しいと思う」
そう微かに微笑んで言うと、風波は闇に消えていった。
「……そうだな」
志瑯は風波を見送り、部屋を一瞥すると外へ出た。