異人乃戀
湖阿はふと部屋で志瑯が待っているということを思い出した。
「あ、戻らなきゃ!」
二人から離れたいという気持ちも少しあり、急いで部屋に戻ろうとすると鐵に腕を掴まれた。
「これからが大変だけど……頑張れるね?」
頑張れないと言っても頑張らなきゃいけないと言われるのを湖阿は分かっていた。
それに、このままでは遊真にこの世界を乱されるだけだ。頑張らなければ志瑯たちを救えない。
「分かってるわ。帰れないんだし、私に出来ることがあるなら精一杯やる」
鐵は微笑むと湖阿の頭を軽く叩いた。
「姫奈、帰ろう」
姫奈は返事をすると、湖阿に手を振った。
「また来るね」
湖阿も手を振ると、姫奈が眉間にしわを寄せた。手を振られるのが嫌なのだろうかと一瞬考えたが、どうやら湖阿に対してではないらしい。
姫奈は湖阿の横を通り過ぎ、廊下の先を鋭い目つきで見た。
何があるのだろうと湖阿も姫奈の視線を追うと、廊下の角から咲蘭が現れた。
咲蘭の表情はいつもと変わらないが、顔や腕についた傷や切れて血の滲んだ衣服から咲蘭が遊真と戦っていたことがひしひしと伝わる。
湖阿は自分のせいでこんなに咲蘭を傷つけてしまった罪悪感から、目をそらしたくなった。
しかし、咲蘭が無事だという安堵の気持ちもあり、湖阿は咲蘭の元へ駆け寄った。
「無事だったのね。良かった……」
「すみません、逃してしまいました……」
咲蘭が目を伏せて言うと、湖阿は首を横に振った。
遊真を捕らえられなくても、咲蘭が無事ならそれでいい。
「そうだ、鷹宗が合図をするはずって言ってたけど……」
「合図出来る物が無かったので……」
咲蘭は召喚師なのだから何か合図が出来るんじゃないかと疑問に思ったが、すぐにその考えはどこかへいってしまった。
「まだ誰とも会えてませんから、見つけ次第知らせます」
咲蘭はそう言うと、頭を下げて湖阿から離れようとしたが、湖阿が袖を掴んで制止した。
「咲蘭、私も……」
「湖阿ちゃん、あたし達まだ話したいことあるんだけどなぁ」
姫奈が湖阿に抱きついて言うと、咲蘭は私は大丈夫です。と言って湖阿の手を離した。
「……気を付けてね、咲蘭」
湖阿が渋々身を引くと、咲蘭は去っていった。
ついさっき別れの挨拶をしたのに、何か話したい重大なことでもあったのだろうかと疑問に思いつつ、咲蘭を見送ると姫奈を見た。
「……話したい事って?」
姫奈は首を傾げると、鐵を指さした。
「かっちゃんに聞いて」
かっちゃんに言われたから来たんだもん。と微笑むと姫奈は湖阿から離れた。
「大して用事は無いけど」
鐵はしれっと言うと、姫奈を呼んだ。
「僕たちはもう行くよ」
「バイバイ、湖阿ちゃん」
二人が言うと、現れた時のように光り、目を開いたときには二人の姿は無かった。
何も用事が無いのなら引き留める必要が無かったはずなのになぜ止めたのか。
それに、あの二人には謎が多い。
「よく考えたら消化不良……」
湖阿は呟くと部屋へ向かった。