異人乃戀
湖阿は本を片付けると、志瑯の斜め前に座った。正面で話すよりも話しやすい。
「夜杜との話は終わったのか」
「あ、うん。大した話はしてないんだけどね」
夜杜と話したことよりも鐵や姫奈と話した時間の方が長く、夜杜よりも重要だ。しかし、二人のことは志瑯には話さない。神が来た何て言えるはずがな
い。
「夜杜は掴めない男だ」
湖阿は志瑯の言葉に少し驚き、頷いた。きっと誰しもがそう思っている。しかし、志瑯までもが思っているとは意外だった。
志瑯は何でも見透かし分かっていそうな気がするのだ。
「夜杜の言うことは正しい。だが……私にも譲れぬものはある」
表情も変えずに言う志瑯の独り言のような言葉に、湖阿は首を傾げた。
志瑯にとっての譲れないものとは何なのか。感情を表に出さない志瑯だが、その言葉の中に強い意志を感じる。
「志瑯、どうしたの?」
湖阿が志瑯に問うと、志瑯は真っ直ぐ湖阿を見た。時折見せるいつもと違う志瑯の雰囲気は湖阿を戸惑わせる。
何を言えばいいのか分からなくなり、目を反らせなくなってしまう。
「……私は湖阿を護る」
志瑯はそれだけ言うと立ち上がり、部屋から出ようとしたが、湖阿が装束を掴んだ。
湖阿は無言のまま立ち上がると、首を振った。
「志瑯、私は大丈夫だから自分の身の心配だけしてて。危険な目に遭う確率が高いのは私もあなたも一緒なんだから」
下手したら族長である志瑯の方が命を狙われる確率が高いかもしれない。
湖阿が苦笑して言うと、志瑯は自身の装束を掴んでいる湖阿の手を払った。そして、湖阿に背を向けた。
「あ……志瑯……」
思いがけないことに、湖阿は驚き少し後悔した。が、志瑯の身を危険に晒さないためには言わなければいけないこと。
志瑯の言葉は嬉しかったが、その言葉を何も考えずに受け取れば大変なことになる。
湖阿はそれを分かっていた。
嫌われたく無いという気持ちは大きい。今すぐさっきの言葉を撤回してしまいたい。
しかし、それは出来ない。
「志瑯……」
湖阿は志瑯の後ろ姿を見ると、志瑯が子どものように見えた。大人の男性に対していうのは失礼かもしれないが、拗ねているようにも見える。
湖阿は恐る恐る志瑯の肩に手を乗せた。また振り払われるかと思ったが、志瑯は動かない。 肩に置いた手をどうしようか悩んでいると、志瑯が湖阿の手を掴んだ。
冷たく、皮の厚い少しごつごつした手は志瑯が武人であることを物語っている。