異人乃戀

 しかし、初対面で名も知らない男を殴ってはいけないと思いどうにかこらえた。

「あんた誰?」
「ん?ああ、自己紹介まだだったね」

 男は眼鏡を外すと、湖阿に手を差しだした。

「俺は紫碧咏(しへきよう)。二九歳の職業は学者。よろしく、倭の者」

 湖阿も形式的に挨拶をしようと手を差し出すと、咏は湖阿の手をしっかり握った。

 そして、両手で湖阿の手を包むようにすると微笑んだ。

「いやー、やっぱり若い子の肌はいいなぁ」

 湖阿の手をさすっている動きに、湖阿は鳥肌がたった。

「……離せ変態!」

 湖阿は咏の手を離そうと手を引いたが、離れない。手を振ってみても更に強くなるだけだ。

「学者とか嘘でしょ!こんな変態エロ親父が」

 咏はよく言われる。と言うと手を離した。
 眼鏡をかけている咏は学者に見えなくもなかったが、眼鏡がそう見せていただけなのか全く知的には見えない。

 中身の軽さがにじみ出ている風貌だ。

 学者らしいところと言えば、手に持っている本だろう。学者だからといって本を常備しているわけでは無いだろうが。

「こう見えても志瑯様からは信頼されてるんだ。片腕として」
「片腕って……鷹宗も……」
「鷹宗と俺で両腕。あっちが武なら俺は学ってとこだな」

 咏は学者であり軍師でもあった。志瑯の隣に立ち戦略を立て勝利に導く。
 しかし、会議に顔を出すことは滅多に無い。
 戦略会議の前日に志瑯の元を訪れ、志瑯に的確な助言と大まかな作戦だけを言い去るのだ。

 その作戦を志瑯は一晩考え、会議で提案する。

 それは志瑯が王や族長としてまだ未完成であるということが関係しているのだろう。
 しかし、なぜそんなややこしい事をするのかは本人しか分からない。

「志瑯も大変ね。片腕は凶暴だしもう片方は変態なんて」
「しー様には俺たちみたいな部下が合ってるさ」

 一応嫌みを言ったつもりなのだが、笑顔で切り返され、湖阿は本気で志瑯に同情した。

「ていうか、しー様って何よ」
「志瑯様の略。可愛いだろう?」

 志瑯に仕えている人でこをな呼び方をする人がいるとは思わなかった。この呼び方をしようものなら鷹宗が乱心しそうだ。

「鷹宗がよく許したわね」
「ああ、もう諦めてるよ。昔からだからな」

 軽い感じに笑う咏に、湖阿は誰かと似ていると思った。

 それが誰なのかはすぐに思いつく。
 人をおちょくる様な言動とこの軽い感じ。

「高貴さが無くて変態度が増した夜杜ね」

 湖阿は今夜杜が現れないことを祈った。
 二人が一緒にいる場には居たくない。



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