異人乃戀

「で、こんな所で何をしてるのかな?倭のお姫様」
「そう言えば……倭って?」

 咏はそんな事も知らないのか、とため息をついた。
 倭の裏の世界だから裏倭と言う。ならば湖阿の世界は倭だ。
 大体は分かっていたが、口にしたことで馬鹿にされるのは腹が立つ。

「まぁ、真倭とも言うよ。君の世界が本当の世界でこっちは偽りの世界」
「偽りの世界?」

 湖阿は顔をしかめた。
 偽りの世界とはどういうことなのだろうか。湖阿の世界、真倭と同様に人々はそれぞれ生活している。

「真倭の人はこの世界の存在を全く知らないが、裏倭の民は真倭の世界が在ることを知っている。つまり、この世界は孤立した真倭にとったら存在しない世界ってことだ」
 もし、誰かが裏倭の存在を知って他の人に話したとしても、本気で信じることは殆ど無い。

 非現実的な出来事は受け入れられない。裏倭の存在は抹消されたのだ。

「真倭に裏倭の文献があったとしても、それは過去の人の空想物語として娯楽に用いられるだけで誰も気には止めない」

 文献に書かれているだけで、存在を確かめようがないものを現実にいれることは無い。誰もが行ける世界ではないのだ。

「……でも、たった一人でもこの世界が在るって信じてる人は居るはずじゃない。それに、私はこの世界に居るんだからあるって知ってる」

 湖阿が言うと、咏は少し笑った。真倭の人で、直ぐに裏倭に順応していった救世主がどんな答えをくれるのか、咏には興味があったのだ。

「この世界はこの世界として存在してるんだから、偽りなんて言う必要なんてないのに」

「……救世主を敬う理由は、世界を救うっていう理由だけではないんだ。真倭の民が来るってことは、この世界が本当の世界であると思えることだからだ」

 救世主の存在はそういう意味でも民を勇気づける。

「ところで、しー様に何か用事があるのか?」

 湖阿は志瑯に用事があったのを思い出してはっとした。

「そうよ!志瑯がどこにいるか知らない?」
「今日は会議が長引いてるらしいから、もう直ぐ帰ってくるだろう」

 湖阿は待つべきか戻るべきか悩んだ。咏のおかげで疲れたのだ。

「しー様の片腕である俺が聞こうか?」

 これ以上咏と話しているのを避けたいと思った湖阿は、首を横に振った。



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