異人乃戀

 咏が部屋を去った後、二人は何も話さずただ座っていた。

 志瑯と部屋で二人っきりになると、何を話せばいいのか分からなくなる。誰かが居る時や、廊下で偶然会い、立ち話なら二人になってもさほど気まずくはならない。

 湖阿はこの状況をどうにかしようと、この沈黙の時間を使って自分なりに考えることにした。
 今までは男友達とだってこんな状況にはなったことは無かった。珮護と二人になっても湖阿は普通で居られる。
 湖阿は志瑯を一瞥すると、志瑯の雰囲気だろうかと考えた。

 おとなしい人や余り口数が多くない人とでも会話を続ける事は今までできていた。会話といっても湖阿が一方的に話し掛けるのだが。
 志瑯は今まで会った人には無い空気が漂っている。うまくは言えないが、何かが湖阿の口を閉ざしていまうのだ。

「湖阿、すまなかった。」

 志瑯の声がし、湖阿は急いで飛んでいた意識を引き戻すと首を振った。

「大丈夫。ただの嫌味だし……からかって遊んでるだけでしょ」

 湖阿は志瑯に笑顔を見せると、ああいうのは無視しとけばいいのよ。と言った。
 咏の言葉に反応していたが、志瑯のおかげでくってかからなかった湖阿はまるで自分一人で手柄を立てたかのように言い、少し後悔した。

「そうか……湖阿は私よりも遥かに冷静だ」

 いつも冷静な志瑯に言われ、湖阿は言わなければ良かったと笑顔の裏で思った。

 志瑯は間違いだとツッコむタイプじゃないと分かっていたのに。

「私より志瑯の方が冷静って言葉が合って……」
「最近の私は違う」

 湖阿の正しいフォローに、志瑯は呟いた。

「違うって……私から見たら志瑯はいつだって冷静に周りを見てるし、私みたいに感情的にならないじゃない」

 志瑯は首を横に振ると黙ってしまった。なぜそう思うのかを聞きたいが、聞けるような雰囲気ではない。
 聞けたとしても、それによって何かが変わってしまいそうで湖阿も同様に黙った。

 暫くの間黙ったままで座っていると、襖越しに声がした。

「湖阿様、いらっしゃいますか?」

 侍女の楓の声に、湖阿は開けていいか許可を得るために志瑯を見ると襖を開けた。

「志瑯様、失礼します。咏様が湖阿様を呼ぶようにと」
「咏が?」
「早速始めるんだろう」

 湖阿は意外と教育熱心なのかと感心すると、楓に続くように数歩歩くと志瑯を見た。

「じゃあ志瑯、あんまり無理しないようにね」
「ああ。湖阿も無理だけはするな」

 湖阿は元気な笑顔を見せると、部屋を出た。



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