異人乃戀

 いつもは湖阿が帰ると言うと、引き止める事は少ない咏だが、偶に引き止める時がある。
 その時は、一般的な歴史ではなく咏自身が見たものや裏の話が多い。帰り際に話す必要はないが。

「しー様の両親については話したよな?」
「志皇様と緑果様でしょ?」

 志瑯の父、采龍志皇は熱血漢の熱い王だった。対して王妃である緑果は冷静で頭のキレる女性。湖阿は志瑯がどちらに似てるか考えたが、すぐに緑果だと結論が出た。
 前王がどれくらいの熱血だったかは知らないが、その親から志瑯のような子どもが生まれるのか……と湖阿は考えた。

 親というよりも育った環境によるのかもしれないが。

「緑果様がどうやって死んだか……周りには病って言ってるけど実際は何でか知ってるかい?」

 湖阿は以前志瑯が言っていた事を思い出した。

「自分で……」
「そう、何者かに強姦されて自殺した。誰にかも知ってるだろ?」
「白虎族の長……」

 湖阿が聞いた理由は、強姦の事実が知られれば王妃としていられないと思ったために自殺したから。咏に言うと、頷いた後に首を横に振った

「それもあるだろう。緑果様が自ら命を絶った一番の理由は……子を身ごもったからだ」

 最愛の夫の子か、犯した者の子か……緑果は悩んだ。
 そして……。

「そして、この話には裏がある。本当に信頼する側近だけが知る事実……何だと思う?」
「……頭あんまりついていかないから分からないわ」

 湖阿が頭を悩ませて答えると、咏は笑った。衝撃的すぎてついていかない。

「子が出来た事を知った王は……緑果様の決意を退けて静養の名目で城から出して子を生ませたんだ」
「えっ!でも、おかしくない?その子どもが居ないし……緑果様が死ななくてもいいし……」

 子を生んで一年後に緑果は自ら命を絶った。志瑯が三歳になった時だった。

「その子は青い髪で緑果様似だった。顔は……志皇様に目元が似ていたよ」
「じゃあ、白虎との子どもじゃなかったんじゃない。なんで死ぬ必要があるの」
「それは緑果様じゃないと分からない。ともかく、子は志皇様の子どもだったが事情が事情だけに公表出来ずに側近の子として育てられたとさ、めでたしめでたし」

 咏は椅子に腰掛けると、手を叩いた。これ以上は聞くな、という事だ。
 腑に落ちない湖阿だったが、志瑯さえも知らない事をこれ以上聞くわけにはいかないと感じた。

「その子どもは……今幸せなの?」

 湖阿は書物庫から出ようと歩き出したが、立ち止まって咏に問いかけた。咏は頷くと微笑んだ。

「ああ、凄く」

 幸せならよかった。と呟くと、湖阿は書物庫から出て行った

「いつか……近いうちに、このことをあいつらに話さないといけない。救世主殿に助けを請わなければいけないだろうしな」

 咏はそう呟くと寂しげに笑った。その時が本当はこなければいいのに……と。


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