竜胆姉弟江戸幕末奇譚
ついに少女は木の根にあしをつっかけた。
ドテッッ!!
「い…痛…。うぅ…。もういや…」
少女の器量のいい顔が、いっきに崩れ出した。
(じい様…。あき…。だれか助けて…!)
頬を伝う涙が地面に落ちたとき、“その人″は現れた。
「おい、そこの娘。大丈夫か?」
喋り口調からして男かと思ったが、その澄んだ声、見た目からしてすぐ女だとわかった。
(わ…あぁ…。綺麗なひと…)
彼女が来たことを合図にしたかのように、雲間から美しい満月が彼女を照らした。
背に長々とのびた美しい黒髪。キリリと前を見据えた瞳。不思議なくらい白い肌…。
それに加えて袴を着たその姿は、美しさと格好よさを持ち合わせた、まさに完璧なものとして少女の瞳に捉えられた。
「すごぉい…。女優さんみたい…」
「………。大丈夫そうだな」
女が苦笑したところで、少女はやっと我にかえった。
(や…やだ私…。さっきまであんなに怖かったのに…)
いつの間にか、暗雲立ち込める空は晴れ、綺麗な星空が広がっていた。