逢い死て


「じゃ、バイト行ってくるから。鍵閉めといて」

頬に短いキスを落とし、頭を軽く一撫ですると、リビングを出ていってしまう夕都。

「いってらっしゃい」

パタンと小さな音を立てて閉まるドア。名残惜しかった。引き留めて、『行かないで』って言いたい。

…………そんなこと、できるはずもないけど。

第一、私はそんなキャラではない。さばさばした性格だと言われるし、自分でもあまり物や人に執着するタイプではないと自覚している。…………少なくとも昨日までは。

人間、誰しも、失うかもしれないと気づいたとき、妙に執着を覚えるのだ。在るのは当たり前ではないことに、気づいてしまったら。失いたくないと、大切にしようと、そう思うものだ。そして、臆病にもなる。



夕都が何をして、毎日を過ごしているのかはあまり知らない。バイトだと言っていても、何のバイトなのか、そもそも本当にバイトをしているのかもわからない。びっくりするぐらい、私は夕都を知らない。

知っているのは、名前と年齢と誕生日と血液型、一応大学には通っていること、バンドとバイトをしていること、ステーキが大好物で、グリンピースが嫌いなこと、音楽が好きなこと…………たぶん、それくらい。

今までの私は、可笑しいくらい無関心で。付き合っている人のことを、もっと知ろうとも思わないような、どうしようもない女であった事実に、胸が痛くなった。



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