そして迷路は閉じられる
プロローグ
「暑いなあ」
うだるような、暑い夏。タンクトップの片袖をだらしなくおとして、扇風機にへばりつくさまはどことなく頼りない、だらしない印象を受ける。細い面長の顔に緩やかなたれ目は年を幼く見せ、しかし優しげにも見せていた。青年は、金沢 良仁という。彼は現在絶賛世間を騒がせている隔離地域の住人であった。
隔離地域とは、いわゆる能力者達の住居であった。この世界には元々能力者なんてファンタジックな生物はいなかった。勿論、自分を能力者だと豪語する者は珍しくはなかったが、所詮は種も仕掛けもあって。科学的に認められた者はいなかった。しかし、数ヶ月前、その常識は鼻で笑われたように消し去ったのだ。
「さーて、行くかー!」
横になっていたかと思うといきなり上半身を起こし、ずれていたタンクトップを治して、眉をぐぐっと寄せた。注意深く携帯の画面を見て、寄せた眉を笑みに変えていく。そうすると今まで握りしめていた携帯を畳の隅に放り投げ、クローゼットに顔を突っ込むとぎょろぎょろと左右を見渡し手を伸ばし、上等なスーツを手に取った。良仁はいよいよ口をにんまりとさせ、ふんふんと鼻歌を歌いながらスーツを着ていく。すると先程までの頼りなさげな青年は一変、立派なサラリーマンに変化を遂げた。