異人乃戀 短編集
無題<リハビリ小説>
時折みる夢。
助けて……助けて……。誰かが漆黒の闇の向こう側で助けを求めている声。
私はその声に気付かない。
聞こえているのに聞こえない。
私は闇に身を任せ、ふわふわとただ浮かんでいるだけ。
闇の中にいると、心地いい。
時折上から降る光を視界の端に遠ざけて、ただ暗闇を欲する。
もう何もみたくない。
私に光は降り注がない。
卒業間近の放課後、校庭では高校受験から解放された子たちが悠々と遊んでいる。
男子はサッカー。女子はそんな男子達を見ながらひそひそと、時折声を上げながら話している。
深桜は読んでいた本を閉じると窓の外を見た。
外はまだ寒く、体が弱くて風邪気味の深桜は一人で友達の帰りを待っていた。
ぼーっとしながら見ていると、サッカーをしている男の子に混ざっていた女の子が深桜に手を振った。
「深桜ー!」
女の子がボールを勢いよく蹴ると、ボールとは反対側に走り始めた。
「深桜!どこ行くんだよ!」
「帰る!じゃあね!」
「まだ勝負ついてねーよ!」
男の子たちに手を振ると、湖阿は学校の中に入った。
深桜と湖阿は家が近く、小さい頃からよく遊んでいた幼なじみだ。大人しい深桜とは対照的に湖阿は元気がよく、よく男の子と遊んでおり、少し男勝りな部分もある。
深桜はそんな湖阿を羨ましく思っていると同時に、助けられている。
湖阿は持ち前の明るさで深桜を光で照らしてくれる。深桜は湖阿が特別に見えていた。他の人とは何かが違う。それが何かは分からないが、住む所が違うように思えて仕方がなかった。
鞄に本を片付けていると、誰かが廊下を走る音が聞こえてきた。軽やかに一定のリズムで走る音は昔から変わらず、少し落ち着く。
いつも迎えに来てくれる音。
「深桜、帰ろ!」
開いたドアから満面の笑みで湖阿が覗くと、深桜も自然と笑顔になった。
「うん!」
学校を出ていつもの道を二人で歩く。当たり前のこの時間ももうすぐ終わる。
「深桜って頭いいよね。私立の難関校に受かるんだもん」
「そんなことないよ……。それに、私、行きたくなかった。湖阿ちゃん達と同じ学校に行きたかった」
先生と親に薦められ、嫌とは言えずに今に至る。家からは遠いため、春からは寮暮らしになる。
「深桜と会えなくなるのは寂しいけどさ、遊ぼうと思えばいつでも遊べるでしょ。こことは違ってあっちは都会だからさ!」
湖阿らしい言葉に深桜は微笑んだ。
ずっと会えなくなるわけでない。いつでも会える。
夜、深桜は夢をみた。
暗闇の中、誰かが呼んでいる。いつもの夢と何かが違う。
呼ぶ声がいつもより近く大きい。聞こえないように耳を塞いでも聞こえてしまう。
聞きたくないのに……!
目を開けて勢いよく起きあがると、腕を抱えた。
再度、眠ろうと部屋の天井から光が降り注いだ。
夢と同じ光。逸らそうとしたが、できない。できるはずがない。深桜に降り注いでいるのだから。
深桜は地に膝をつき、目を強く閉じると頭を抱えた。
光なんていらない!
私の光は湖阿だけなんだから……!
いつでも会える。そう話していたのに……もう会えなくなる。そう感じた。
終