ため息と明日



昔のキオクをぼんやりと思い出して、また蓋を閉じる。


伊澤さんには、感謝しかない。


あれから、自信も、未来も、何もかも自分で手にしていくしかないと


分からせてくれたんだから。






元々、社内での評価も高く、次期、部門長は「伊澤さん」だとの声も少なくない。


確実に、幹部レースに乗っている彼に着いていくのは、かなり必死だ。


仕事がデキる男、かつ独身なんて、それはもう、周りの女性が放っておかない。





「伊澤さん、来週の出張の件、資料まとめたので、後で確認のお時間いただけますか。」



忙しい人の時間を確保するのは難しい。だからこそ、自ら、積極的に動かなければならない。



PCで他の資料を作成していた様子の彼は、私の声にすぐ視線を上げて、頷いた。



「うん、分かった。ごめん、5分待ってもらえるかな?いける?」 


はい、と返答すると



じゃそのぐらいにまた声かけて。と微笑んだ。


その笑顔は、私ですら一瞬どきりとする。


笑顔が半端ない破壊力のある人だから、女子社員はそれを拝みたいがために、作業の手は止めず、視線だけはチラッと向け、今日も社内オアシスの一時を楽しんでいる。



そんなことを知ったのは、けっこう前なのだけれど、



休憩時間になるとあからさまに、身に染みる。




「先輩、いいなぁ~伊澤さんと2日間も一緒にいられるなんてぇ」




ランチを共にしていた、後輩茜ちゃんが頬を膨らませて、男の好きそうなチークの色が弾けんばかりに恨めしそうに言う。



これだから、伊澤さん関係は面倒なのだ。



「一緒って言っても、仕事だから。仕方ないわよ。」




分かってますけど~、と言いながら、食後のアイスティーの氷をストローでくるくる回しながら、納得いかない顔つきの後輩。





まつエクばっちりの目力はけっこうなものがある。





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