ため息と明日
そろそろ帰る準備を整えようとした時、
奴から、引き止められた。
「これで、最後だから」と、渡されたのは、紙袋だった。
何かと思って、中身を見ると…そこには、かつて私が大好きだったjazz bandのインディーズのアルバムだった。
もう、10年も前にグループは活動休止しているが、個々のメンバーは、メジャーデビューした人もいれば、海外で活躍していたり。
知る人ぞ知る伝説のインディーズバンドで、1人1人の技術力が圧倒的であらゆる才能が集まったモンスターグループだった。
メジャーの話も幾度もきたが、すべて断っていると、当時、ギターを担当していたリーダーが言っていたな。
このバンドのCDはかなりレアで、自主制作をしていた上、ほぼライブのみ販売で、ネットには一部の音源のサビ部分しかupされないくらいだった。
おそらくこの最後に出されたアルバムに関しては500枚くらいしか生産してない噂もあったくらいだ。
ずっと私が探し求めてたアルバムが手元にある奇跡に驚きを隠せなかった。
「えっ!嘘でしょ!?どうしてこれ…ずっと探してたやつ」
奴に追いかければ、ふふん、と得意げに口角を上げた。
「俺なりにがんばったわけ。別にモノで釣ろうって魂胆じゃねぇから。もう振られてるしな」
いいからとっとけよ、と。満足そうに奴が言うものだから、素直にありがとうと言えた。
このバンドの、しかもこのアルバムって、覚えてたというのが、ほんとびっくり。
最後の最後にやられた。
そこまでしてくれたことに対して、思いを忘れないようにしよう。
「智樹、ありがと。嬉しかった」
目と目を合わせて、これが本当に本当の最後だと言い聞かせて。
「幸せになってね」
心から初めて言えた言葉に、彼は切なそうに眉を少し下げて、笑って頷いた。
私はそうして、この場を後にした。