執事ちゃんの恋




「無用心だよ! ちゃんと鍵は閉めないと!」
 

 といい続けてきたが、それが守られることは今の今までなかったということになる。


 ――― 本当、無用心だよ。だから、私みたいなのが侵入しちゃうんだからね。


 ヒヨリはわざと足音を立てて、健が寝室として使っている奥の和室へと足を運ぶ。

 長い長い黒光りする廊下。真っ暗だがヒヨリには道筋はわかっている。


 勝手しったるなんとやら、だ。

 奥まった一部屋から、少しだけ光が洩れている。

 健はやはりまだ起きているようだ。

 ヒヨリは、一瞬足が竦む思いをしたが、ここまできたのだ。

 もう、後戻りはしない。

 ヒヨリは息をゆっくりと吸い込み、深く吐く。

 それを何度か繰り返したあと、障子の脇に正座をして中を伺った。



「……健せんせ」



 狂おしいほどの気持ちをソッと忍ばせ、小声で呟くように中にいるであろう健に声をかけた。
 

「入りなさい、ヒヨリ」


 いつもはあんなに大声じゃないと返事が返ってこないというのに、今夜はヒヨリがここに来ることがわかっていたとばかりの健の声音に一瞬怯んだ。

 なかなか障子を開けないヒヨリに痺れを切らしたのだろうか。

 健は、ソッと障子を開けて座り込んでいるヒヨリに視線を向けた。



「さぁ、中に入りなさい」

「健……せんせ?」

「ヒヨリが今夜ここに来ることは……なんとなく予想はしていたからね」


 躊躇しているヒヨリに、健は優しく語りかけた。

 が、すぐに無表情な表情になりヒヨリに鋭い視線を向ける。



「ただ、ここから先に入るということは……いろんな覚悟をして入りなさい」

「せんせ……」

「あとは、ヒヨリが決めることです。……どうしますか?」


 健が何を言いたいのか、ヒヨリにはわかっていた。

 真夜中。それも男性しか住んでいない家。寝室。


 そんな場所に女が丸腰で入るからには、責任を持って入りなさい。

 健のそんな声が聞こえた気がした。


 ヒヨリは、ゴクリと唾を飲み込んだあと健を見上げた。


「わかりました。お邪魔します」

「……どうぞ」


 中に入れば、行灯の光がユラリと揺れた。

 部屋の真ん中には一組の布団が敷かれていて、その枕元には健が読んでいたであろう文庫本が伏せて置いてある。


 健は布団の真ん中にドカリと胡坐をかいて座り、部屋の隅っこで所在なさげに佇んでいるヒヨリを見つめる。

 沈黙が痛い。

 ヒヨリは、ペタンとその場に座りこんだあと、ゆっくりゆっくりと布団に近づいた。




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