執事ちゃんの恋
「私は、ずっとは貴女様の傍にお仕えすることはできないのですから」
「え……?」
絶望に似た表情を浮かべるコウに、ヒナタは困ったように眉を下げた。
「お忘れですか? コウさま。文月家の女は、由々しき縁の元に嫁ぐということを」
「……」
「興しいれのときには、執事はついていけないのですよ」
「……」
「ご存知でしょう」
確かにそのとおりだ。
文月家の女は、他家へと嫁ぐ。
そういった慣わしはある。そして、その際、お嬢様につけていた執事は嫁ぎ先にはついていけない。
なにしろ執事といえど、男なのだ。
嫁ぐというのに、家人とはいえ男を連れてなどいけない。
わかっていたことだ。
しかし、コウはヒナタに恋をしている。
それも……偽のヒナタに。
本物のヒナタはコウの目の前にいる。
しかし、コウが気持ちをよせていた人間ではない。
もし、今後本物のヒナタに気持ちが動いたとしても、コウの失恋は確定している。
それは、コウが文月家の女だからだ。
未来を決めるためのパーティーだって、これからドンドン行なっていくのだろう。
そして、コウの意志とは別のところで何もかもが決まる。
それは、コウも知っているはずだ。
本物とか偽者とか、それ以前の問題だ。
コウには、生まれてもって恋をする権利はないのだから。
「ヒナタ……」
今まで黙ったままのヒヨリだったが、あまりにコウが可哀想に思い、止めに入ろうとしたときだった。
コウが決意に満ちた瞳をヒナタに向けた。
「ヒナタ。あなたは一つ、忘れているわ」
「え?」
驚いて目を見開くヒナタに、コウは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「私は文月家の女だけど、それだけじゃない」
「コウさま?」
「文月家本家の子供は私しかいないということよ」
そのとおりだ。
だが、それでも今までの慣わしから見てコウは必ず他家へと嫁ぐことが決められているはずだ。
それなのに、コウの自信満々の表情はどういうことだろうか。
思案に暮れるヒナタとヒヨリに、コウはフフッと不敵に笑った。
「文月家に婿養子をもらえばいいのよ!」
「「は!?」」
ヒナタとヒヨリは思わず大声をあげた。