執事ちゃんの恋
「間違いない。彼女は、私の元フィアンセだ」
「……なぜ、結婚はしなかったんですか?」
「それは言わないといけないのかな?」
「出来れば言っていただきたいですね。この場で、ヒヨリがいる目の前で」
ビクリと肩を震わせるヒヨリに優しげに視線を向けたあと、ヒナタは再び健に視線を向ける。
健もヒヨリの何かに怯える表情を見て、表情を引き締めた。
「家が勝手に決めた縁談だった。美紗子も私も結婚する意思がなかったから結婚しなかった。それだけだ」
「健せんせ」
ゆっくりとヒヨリを抱きしめていた腕を解いたあと、健は優しくヒヨリの頭を撫でる。
淡々と表情を変えることもなく、健は今までの美紗子とのことを話しだす。
時折ヒヨリに視線を向けては「大丈夫だよ」と安心させ、優しげな瞳を細めた。
「確かに私たちは仲はいいと思う。だけど、それだけだ。男女の仲にはならなかった。そんなときに親たちに勝手な縁談を組まれてしまい、美紗子も困惑していたな」
「……」
「美紗子はメイクアップアーティストとして成功を掴みかけていたときだったし、私は私で結婚する気などあのときはさらさらなかったしね」
「……」
「だから縁談は流れた。それだけのことだ」
今まで黙って聞いていたヒナタだったが、突然立ち上がり窓辺へと歩いていく。そして閉められていたカーテンを勢いよく開け、外の景色を眺める。
すっかり闇は濃くなり、きらびやかなライトが輝いている。
そんな夜景を見ながら、ヒナタは健とヒヨリを振り返って顔を歪めた。
「健先生」
「なんだい?」
「彼女……村岡美紗子さんは要注意人物ですよ」
ヒナタは、健をまっすぐと見つめて言葉を投げかけた。