執事ちゃんの恋




「ねぇ、健せんせ……」

「なんですか? ヒヨリ」

「私を……抱いてください」


 吐き出すように言葉を健に投げつけた。

 そのあとは居た堪れなくなって、その胸に飛び込む。


 この胸に飛び込んだのはいつぶりだろうか。

 小学生のころが最後かもしれない。


 フワリと香るのは、なんの匂い?


 ――― 絵の具の匂いだ。


 いつもこの家は画材の匂いがある。その匂いがとても安心できるものとなったのはいつのころだろうか。

 健の温もりと、香り。


 少し遠くでジリリと灯心が焼ける音と、かすかに油の匂いがした。


 今までにない距離にドキドキして心臓が壊れそうだ。

 ヒヨリは、一方的に健を抱きしめていた腕を緩め、彼を見上げた。


 ――― 涙が出そう。苦しい。助けて。

 ――― 好き。苦しいほどに好き。

 ――― せんせ、好き。


 ポツリ。

 ヒヨリは、小さいけどはっきりと言葉を紡ぐ。


「健せんせ。誕生日プレゼントをください」

「……」

「私を、抱いて」


 膝立ちをし、健の首に抱きついた。

 いまだ健からの返事はない。


 ――― お願い、早く返事をちょうだい。


 息苦しくてどうにかなってしまいそうだ。

 早く返事がほしいくせに、いざ直面すると不安で揺れる。

 不安定なヒヨリのこころを、包み込むように健はヒヨリの背中に手を回した。

 ギュッと抱きしめられたあと、ヒヨリの耳元で健は囁いた。


「いいよ。抱いてあげる」

「せん、せ?」


 健の言葉に驚いて目を白黒させてた瞬間、ヒヨリの視界は反転した。

 気がつけば健によって布団に押し倒されていた。


「ハッピーバースディ、ヒヨリ」

「っ!」

「君を今からオトナにしてあげよう」


 ゆっくりと近づく健。

 キスの予感を感じて、ヒヨリはゆっくりと目を瞑り、身を委ねた。









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