執事ちゃんの恋
「別にからかってなどいませんよ? ヒヨリ」
「健せんせ? あのですね、そんなふうに笑いながら言われたら信憑性がまったくないんですけど」
「まったく、人の賞賛はありがたく受け取るものですよ、ヒヨリ」
「この状況では、全然ありがたみなど感じません」
機嫌が悪いですよ、とフンと鼻を鳴らすヒヨリだったが、相手は一枚も二枚も上手だ。
健はその真っ赤になってしまった頬に突然口付けをした。
一瞬ポカンと口を開け、状況が把握できていないヒヨリだったが、すぐに我に返りますます顔を赤くさせた。
「ちょ、ちょっと! 健せんせ」
「なんですか、ヒヨリ」
「なんですかじゃないです。い、い、今……なにしましたか?」
「なにって……キスですよ? ほっぺで我慢したんだから怒っちゃだめですよ」
「っ! なにしでかしているんですか!? ヒ、ヒ、ヒナタの前で」
ヒヨリは口をパクパクさせるしかできないようで、それ以上は言葉がでてこない。
健は、パニックを起しかけているヒヨリの頭をゆっくりと撫でながら、ヒナタに視線を向ける。
「状況が変わったというのは、こういうことがってことだね……ヒナタ」
「恐らく。今まで結婚にも見向きもしなかったし、パーティーにパートナーを連れて行くことなど一切しなかった健先生が、ヒヨリをパートナーとして文月家の意味のある大きなパーティーの出席を決めた」
「……」
「彼女の中で焦りが生じたのでしょう。誰でも均衡が急に保たれなくなれば、気持ちも穏やかではいられませんからね」
「確かに……ね」
フゥと小さく息を吐き出しながら、ヒヨリの頭を撫で続ける健に対し、真っ赤な顔をしてなされるがままのヒヨリ。
ヒナタは二人を見ておかしそうに笑った。