執事ちゃんの恋
「好きだとも言われてないし、別に付き合ってもいないもの」
「いや、待て。健先生を見ただけで、ヒヨリたちが恋人同士だって一目瞭然だぞ?」
呆れてものを言うヒナタをチラリと見たあと、ヒヨリは盛大にため息をついた。
「ただのおもちゃ。恋人なんかじゃないよ」
「おもちゃ?」
「健せんせは、ほかに好きな人がいるみたいだもん。私は退屈しのぎだよ」
「おい、それ本気で言っている?」
いささか信じられない様子のヒナタに、ヒヨリは半ばやけっぱちに言葉をぶつける。
「本気だよ。だって、この前コウさまのバースディパーティのときに言っていたもん」
「……なんて?」
「健せんせ、女性の裸身って描かないんだって。それなのに、つい最近描いたって言うの」
静かにヒヨリの言葉に耳を傾け、ヒナタは時折相槌を打つ。
シンと静まりかえるホテルの一室は、少しだけ照明を落としていて、窓の外の夜景がよりキレイに映える。
ムードある雰囲気だが、今のヒヨリはそれどころではない。
握っていた手を、もう一度ギュッと強く握った。
「健せんせ自身が言っていたの、キレイな人だって……」
今まで頷くだけで何も言わなかったヒナタが、「それって……」と訝しげに呟いた。
「ヒヨリのことなんじゃないか?」
「それはない」
「ヒヨリ?」
「だって、私……健せんせにスケッチしてもらったことないもん」
ヒヨリは、ギュッとドレスの裾を握り締め、涙目でヒナタを見つめる。
いつもはスーツを着込み、中性的な雰囲気を醸し出し男として執事をしているヒヨリだが、今この場にいるのは間違いなく一人の女の子だった。
頼りなさげで、儚くて。
肩が小刻みに揺れている。