執事ちゃんの恋
「どうして俺とヒヨリが入れ替わったのか、忘れてしまったのか?」
「あ……」
「ヒヨリは健せんせが好き。だけど家の命令でどこの誰ともわからない男と結婚しなくてはならない。そして、その結婚は跳ね除けることができない」
「……うん」
「だから少しでも健せんせのことを忘れる時間がほしくて、俺の代わりとして執事をしているんだろう」
コクリと弱々しく頷いたヒヨリに、ヒナタは少しだけ唇に笑みを浮かべた。
「まだ忘れられないし、縁談を受ける気にはならないだろう?」
「ヒナタ」
「もう少し時間が必要なんじゃないかな?」
「そ、そうだね……」
ヒナタの提案に頷いたヒヨリだったが、コウのことを思い出して顔を歪めた。
さすがは双子といったところだろうか。
すぐにヒヨリが言いたいことがわかったのだろう。
ヒナタは屈託なく笑った。
「ま、俺は当分の間、今までどおり文月家の清掃スタッフして見守っているから。ヒヨリはコウさまの執事を続けて」
「でも、コウさま……なんかとんでもないこと言っていたでしょう? あれはどうするの?」
あー、とヒナタは頬をポリポリと掻く。
視線を泳がせたあと、ふっきれたように笑みを浮かべた。
「結局はどうにもならないだろう。俺を婿養子だなんて現実的じゃない」
「そうだけど」
「栄西さまが、そんなコウさまのわがままに付き合うとはとても思えない」
「うん」
戸惑いながら、ヒナタの意見に同調したヒヨリは頷いた。
が、その表情からはまだ納得できない様子を感じ取ることができる。
ヒナタは、ヒヨリの表情をみて肩を竦めた。
「このままコウさまには失恋してもらおう」
「ヒナタ……」
「どちらにしてもコウさまの恋はどうにもならない。偽ヒナタのことを好きになったんだ。俺のことを好きになったわけじゃない」
「うん……」
「どうすることもできないんだ」
ヒナタの言うとおりだ。
コウが好きになったのは霧島ヒナタではなく、偽のヒナタ。
もし、今からヒナタが執事になったとしても、コウが恋をした人物ではない。
実際問題、コウの恋はどうすることもできない。
ヒナタにそういわれても、胸のわだかまりは消えない。コウに嘘をついていることに変わりはないのだ。
「とにかく現状維持だな。コウさまのほうは、たぶん彼女にはどうすることもできないだろう」
「そうだね……」
「問題は村岡美紗子のほうだ。ヒヨリになにか仕掛けてくると思う。とにかくこちらも気をつけておくから、ヒヨリも気をつけるんだよ」
「……うん」
問題は山積み、悩みも尽きない。
今のこの現状に、ヒヨリはどうすることもできずため息しかでなかった。