執事ちゃんの恋
「……さきほど、栄西さまから電話があった」
「え……?」
栄西という名前を聞いて、ヒヨリは体から力が抜けていくのがわかった。
戸惑いと絶望。その両方を味わうヒヨリに、宗徳はため息交じりに呟く。
「ヒヨリが危惧しているとおりだ。栄西さま自ら望まれたのだ」
「ヒヨリに縁談を勧めろって……?」
「……」
無言が肯定の意味を表す。
ヒヨリは、携帯電話をギュッと力強く握りしめた。
ときおり頬をかすめる風は、ヒヨリの心とは裏腹で心地よい。
しかし、今のヒヨリにはそのさわやかな風を心地よいと感じる余裕は全くと言っていいほどにない。
「どうやら村岡物産の社長、お墨付きの男らしいのだが……」
「村岡……」
そのときにやっとヒヨリは気がついた。
あのパーティー以降、美沙子からアクションがなかった理由は、ここにあったのだ。
手っ取り早く健のそばからヒヨリを離す方法。
それは、ヒヨリに早く縁談を勧めることだ。
それも霧島家が仕える文月家の意向、当主である栄西が望んだとなれば断ることができない。
それをすべて見越して、美沙子は策を練っていたのだろう。
少し時間を空けたのは、ヒヨリたちを欺くため。
そこまで計算して美沙子は、この策を企てたのだろうか。
ヒヨリは、気が遠くなるのをグッと堪える。
「突然の話だからな。栄西さまにそれとなく断りのお願いをしてみようかとも思うのだが……」
そのあと宗徳が続ける言葉は予想できる。
ヒヨリは、小さく息を吐き出したあと、代わりに言う。