執事ちゃんの恋





「そろそろこの入れ替わりも終わりが来たかもしれないわね」

「……ヒヨリ」


 投げやりな態度で、小さく呟くヒヨリにヒナタは言葉なく立ち尽くす。
 ギュッとネクタイを締め直し、ヒヨリは姿見に映る自分を眺める。


 ほんの半年前までは腰まである髪をなびかせ、女の格好をしていた自分。それも人様の前ではけしてしなかったが、かわいくて乙女系なファッションが大好きで、隠れてコソコソとゴスロリファッションをしていたころが懐かしい。

 かわいいものが好きなのは、今も変わりはないが、確実にあの頃とは違う自分になった。20歳の誕生日を機に、ヒヨリを取り巻く環境も立場もガラリと変わってしまった。

 あのころは、ただただ健のことがすべてだった。

 出会ったころから大好きだった健のことを思い、心を焦がしていた。
 しかし、それはなかなか報われない恋だった。
 誕生日のあの日、自分を抱いたのは健だ。しかし、そこには愛情はなかったのだと思う。

 健の心は……残念ながらヒヨリにはなかった。そういうことなのだ。

 もう、これ以上はヒナタに迷惑もかけられないし、なにより入れ替わり作戦が困難になってきている。
 健への思いを……封印する時期はすぐ傍に来ているのかもしれない。


 黙りこくったまま天井をにらみつけているヒヨリの横顔は、とても寂し気だった。

 天井をにらんでいるのは、涙を堪えるため。
 ヒナタは、ヒヨリの気持ちが痛いほどわかった。
 昔からそうだった。自分の片割れが悲しいとき、辛いとき。世界中の誰より片割れの気持ちがわかった。だからこそ、ヒヨリの悲痛を感じ取り、この入れ替えを提案した。

 今のヒヨリは絶望と悲痛、その両方を抱えて途方にくれている。


 ヒナタは、ゆっくりとヒヨリの頭をなでながら、今ここでいろんなものと決別する覚悟をしようとしている妹を傍で支えていこうという思いを強めた。






< 146 / 203 >

この作品をシェア

pagetop