執事ちゃんの恋
「ねぇ、ヒヨリ。このこと健先生には……」
最後まで言い切る前に、ヒヨリの声によってかき消された。
天井をにらみつけていたヒヨリだったが、視線をヒナタに向けたあと儚げに笑った。
「言わないよ」
「でもね、ヒヨリ」
ヒナタがなにやら説得に入ろうとしたが、ヒヨリはもう一度儚げに笑ったあと、首を軽く横に振った。
「言ったからってどうなることでもないでしょ?」
「でもな、ヒヨリ。それはどうかと思うぞ? それに健先生は、」
「いいの!!」
声を荒げたヒヨリに、ヒナタは目を大きく見開いて驚いた表情を浮かべた。
ヒヨリがこんなふうに感情を荒げることは今までにほとんどないことだったからだ。
ヒナタの表情を見て、我に返ったのだろう。
ヒヨリは、小さく息を吐き出したあと、なんでもないとばかりに無表情で呟いた。
「私は霧島の本家を継ぐという大事な役目がある。それは昔からよくわかっていたこと」
「……」
「それに健せんせは、私以外の女の人が好きで、その人と結婚しようとしている。これは紛れもない事実よ」
「ちょっと待って、ヒヨリ。それがどうもしっくりこないんだよ。それは本当のことなんだろうか?」
ヒナタは感情が高ぶっているヒヨリを落ち着かせるようにいうのだが、ヒヨリは首を激しく横に振るだけだ。
「健せんせの口から聞いたんだもの。これは真実よ」
「ヒヨリ……」
「もう、これ以上は言わないで、ヒナタ」
「……」
「どうしたって未来は変わらないもの。もう吹っ切るから。健せんせのことは忘れるから。大丈夫よ」
自分に言い聞かせるように呟くヒヨリに、ヒナタは深くため息をつくしかできなかった。