執事ちゃんの恋
第31話
第31話
―ー― とにかく帰ろう。今は何も考えず眠りたい……。
今日の業務は、すべてヒナタにお願いしてきた。
雑務関係は、ほとんど終わらせてきたし、あとはコウの帰宅を待つだけだ。きっとヒナタひとりでもできることだろう。
もうあとどれだけコウの執事として仕えることができるだろうか。
予想もしなかった現実が目の前まで迫ってきている。
そのことを考えるたびに、苦しくて立ちすくんでしまう。
ヒヨリは、ヨロヨロと宗徳が用意してくれたマンション、通称乙女部屋までたどり着くと、そのままソファーにダイブした。
力なく肢体を横たわせ、ダラリと腕の力を抜く。
霧島家の使用人頭であるヨネが時折この部屋に来て掃除をしてくれているおかげで、埃ひとつ落ちていなくてとても居心地がいい。
ピンク色があふれる乙女部屋にいると執事として男装をしているヒヨリではなく、ひとりの女に戻れる気がする。
ヒヨリは、ぐるりと部屋を一望したあと、深くため息を零した。
レースがいっぱいついたお気に入りのハート型クッションを抱きしめて思うことは健のことだけだ。
あのパーティー以降、健とは会っていない。
どうしても会う気になれなかったのだ。
健も忙しいらしく、ヒヨリの前に現れることもなく、文月家に足を運んでいる様子もない。
それが少しだけヒヨリの心を安堵させていた。
健に会うのが怖い。その一言に尽きる。
今回浮上したヒヨリの縁談。
このことを健に話そうか、どうか。ヒヨリは先ほどからずっと悩んでいる。
この問題は、ヒヨリ自身の問題だ。健には一切関係がない。
そう考えれば考えるほど、傷が疼く。
もし……健がヒヨリのことを好きでいてくれたら。そう願わずにはいられない。
だが、現実は非情なものでヒヨリの思った通りにはならないようだ。