執事ちゃんの恋
第32話
第32話
迎えの車に乗って揺れること一時間弱。
郊外の見晴のよい風景の中、その料亭はあった。
門構えからしてとても仰々しく、こんな場所でいろんな密会などが行われているんだろうなぁとヒヨリは悠長に考えたりもした。
大きくどっしりと構える看板には、〝料亭 九重”と流れるような字で書かれてある。
時間稼ぎとばかりにゆったりと車から降りると、運転手は「では、後ほどお迎えにあがります」とだけ告げ、来た道を戻ってしまった。
どうやらヒヨリが逃げ出さないようにしようとする宗徳の意図が垣間見えた気がした。
「そこまでしますか」
思わずため息と一緒に零れ落ちた言葉は、門で出迎えていた料亭の女将によってかき消されてしまった。
「お待ちしておりました。霧島さま」
「お世話になります」
小さく会釈をして女将の顔を見る。
だが、その人はとても若く、ヒヨリとあまり年が変わらないように思う。
ヒヨリは、「きっと仲居さんなんだろうな」と考えを改めたが、その人の言葉に思わず声をあげそうになってしまった。
「九重の女将でございます。今日は私めが給仕をさせていただきます。よろしくお願いいたします」
「え? 女将……さんですか?」
若女将なら納得がいくと思い、ヒヨリが聞き返すと、女将はクスクスと楽しげに笑った。
「女将と言えば貫禄のある方がやるのが当たり前なんでしょうけど……一応、私がこの〝九重”の女将なんですよ」
「は、はぁ……」
「主人……は、板長を務めているのですが、私とは少し年が離れているんです」
立ち話もなんですから、と女将は優雅な所業でカラカラと引き戸を開け、ヒヨリに「どうぞ」と中に入るように促した。
一方のヒヨリは、「はい……」と返事をしつつも戸惑いを見せた。
ヒヨリの歯切れ悪い返事を聞いて感じたのだろう。女将は、ゆったりと意味深にほほ笑みながら、足を進める。
綺麗に整えられた庭を眺めながら、ヒヨリは女将のあとを渋々とついていく。
ここまで監視されてしまっては、さすがのヒヨリでも逃げ出すことはできまい。
半ば諦めモードのヒヨリをよそに、女将は道すがら口を開いた。