執事ちゃんの恋






「霧島さま……お嬢様のお父様には、よくここをご利用いただいております」

「父が……ですか?」


 てっきり文月家のご用達だと思っていたヒヨリは、少しだけ拍子抜けをした。

 
「ええ。今日の縁談の件、くれぐれも宜しくと賜っております」

「……そうですか」


 彼女もどうやら刺客のようだ。

 どうにも宗徳からしたら、ヒヨリは信用ならないということみたいだ。
 口を尖らせ、不満を顔に張り付けたヒヨリをみて、女将はコロコロと軽やかに笑う。


「実は私もお見合い結婚なんです」

「え!?」


 驚くヒヨリに、女将は優雅に笑みを浮かべる。


「霧島さまから、お嬢様が今日行われる縁談に乗り気ではないと聞いておりますが」

「……あんのクソ親父」


 ヒヨリが思わずつぶやいた言葉を聞いて、女将は噴出した。
 そんな女将の笑い声に、恥ずかしさのあまりヒヨリはうつむいた。


「申し訳ありません、お嬢様。ただ、数年前の私とそっくりで……」

「え?」

「私もお嬢様と同じようなことをつぶやきましたわ」

「ど、どうして?」


 ヒヨリが驚いて顔を上げると、女将は懐かしさに瞳を細めてほほ笑んだ。


「主人との縁談。初めは乗り気じゃなかったんです。今のお嬢様のように、どうしたら縁談をつぶすことができるか、そんなことばかり考えておりました」

「……」

「年にして20離れている人との縁談。まだ私は二十歳を迎えたばかりで……とても考えられませんでしたわ。これから恋をして、素敵な人と出会うことばかり夢みていた年頃でしたから、余計に」


 その気持ちはわかる。

 自分だって本当は好きな男の人がいる。
 それなのに、こうして家の都合で縁談をしなくてはいけないという現実。
 二十歳の娘には、なかなかに辛い選択になるだろう。


「でも、こうして幸せにやっております。縁って不思議なものですよね」

「……そうですよ、ね」


 まだ納得しきれていないヒヨリを見て、優し気にほほ笑んだあと、「さぁ、こちらでございますよ」と女将は何事もなかったように再びゆったりと廊下を歩いていく。

 ヒヨリはその後ろ姿を見つめながら苦笑する。








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