執事ちゃんの恋






 父親の宗徳がこの〝料亭九重”を選んだ理由は、この女将がいたからだろう。
 ここの女将も自分が望んだのではなく、親同士が決めた縁談で結婚した人だ。

 彼女ならヒヨリの気持ちを一番わかっているだろうと思って、宗徳はヒヨリのことを女将に話したのだろう。

 不安に揺れる娘を少しでも労わりたい。
 そう考えたから、同じ境遇で結婚を決めた女将のいる料亭九重に縁談の場を決めたのだ。


 父親の宗徳には、もうどうすることもできない。
 なんせこの縁談は主の文月当主が決めたことだからだ。
 当主の言うことは絶対。それは霧島家の者なら誰でも知っていることで、周知の常識だ。

 
「ここまで来た以上、腹を据えなくちゃいけないってことよね」


 そう覚悟を決めて入った離れの一室。

 そこにいた人物を見て、思わず口をぽっかりと開けてしまった。
 縁談相手であろう、その人は、ヒヨリの振袖姿を見て、嬉しそうにほほ笑んでいる。


「詠二先生……」


 ポツリと呟くヒヨリに、詠二はあのころと同じ笑みを浮かべた。


「やぁ、ヒヨリ。久しぶりだな」


 コクコクと黙ったまま頷いた。

 あまりにびっくりして声が出ないヒヨリに、詠二は自分の目の前の席を指さした。


「さぁ、そんなところに突っ立っていないで座ったらどうだ?」

「あ……は、はい」


 詠二に言われ、弾かれるように体を動かすヒヨリを見て、詠二はクスクスとおかしそうに笑った。

 倉川詠二(くらかわ えいじ)。彼は、ヒヨリとヒナタ。霧島の双子の剣道の先生だった。

 と、言っても直接の師ではない。詠二の父親が師を務め、その補助という形で詠二も二人に剣道を教えていた。

 年は今年で37歳。警視庁のエリートだと聞いている。
 背がとても高い。190センチはあるだろうか。
 剣道をしていただけあって、体はがっしりとしていて、威圧的なオーラを放つ様子は、昔からなんら変わっていない。

 素敵でかっこよくて優しいお兄さん。
 それが詠二の印象だ。







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