執事ちゃんの恋
「今日のこと、なんで事前に僕に教えてくれなかったんだい? それもこうして問いつめているのに教えてくれないなんて」
「それは……」
ヒヨリは顔色を変えながらも本当の理由を口にしない。できない。
健が本当のことを知っていたとしても、本人を前にして言えるはずがない。
本当は今もまだ健せんせのことが好き。
好きな人の目の前で「縁談をしてきました」なんて言えるはずがない。
いくら自分の意思じゃなかったとしても、縁談をしてきたのは事実だから。
まだ言いたがらないヒヨリを見て、健は大きく息をつく。
そっと抱きしめていた身体から手を離し、肌襦袢だけになってしまったヒヨリに着物をかけた。
「健せんせ?」
「今のヒヨリでは、私の隣にいてもらうわけにはいかないな」
「え?」
健の言っている意味が理解できなくて、離れていく健の背を見つめるしかできなかった。
ギュッと衿を掴み、声をかけて止めたいのにそれができない。
ヒヨリは、もどかしい気持ちで健を見つめる。
「詠二さんとの縁、大事にしなさい」
それだけ言うと、健はそのまま乙女部屋を後にした。
残されたヒヨリは愕然とした。
「……健、せんせ?」
後悔と、でもどうしたらいいのかわからない気持ちで、頭の中はごちゃごちゃだ。
ヒヨリの瞳からは、ボロボロと涙が落ちていく。
「どうすればよかったっていうのよぉ」
ヒヨリはそのままソファーで泣き崩れた。