執事ちゃんの恋






 ――― だけど……あんな健せんせ、初めて見た。


「今のヒヨリでは、私の隣にいてもらうわけにはいかないな」


 そう言ったときの健の表情は、どこか悲しそうに見えた。
 泣き出してしまうんじゃないかと心配になったぐらいだった。
 だからこそ、健に会うことをためらっている。
 健をどんな形にしろ悲しませてしまった。
 その思いが、ずしんと胸の奥にのしかかっている。

 だけど、健に会いたい。


 矛盾した気持ちが頭の中を占領していて、ヒヨリの心はとても忙しい。
 不安定に揺れる気持ち、どうすることもできない運命。

 そして、大切で大好きな人を諦めなければならない苦しみ。

 どれもこれも重大かつ難題ばかり、なかなか気分爽快と叫びたくなるような回答が自分の中で得られない中、とにかく数日が過ぎていった。
 気を引き締めて、いつもどおりコウに紅茶を入れているヒヨリは、コウの視線に気がついて手を止めた。



「どうかなさいましたか? コウさま」

「……」

「コウさま?」


 無表情のまま、ヒヨリの呼びかけにも答えないコウを見て首を傾げる。
 それでもなにも言い出さないコウに小さくため息を零したあと、ヒヨリは再びカップに紅茶を注ぎだした。

 今日の茶葉は、甘く清涼感がある香りがする。
 以前この茶葉でいれた紅茶をコウはとても喜んでいた。
 きっと今日も喜んでくれることだろう。
 ヒヨリは、ゆっくりと大事に丁寧にカップに注いでいく。
 その様子を、ジッと無言のまま見つめていたコウが、「ねぇ、ヒナタ」とようやく口を開いた。


「はい、なんでございましょうか。コウさま」

「……」

「コウさま?」


 再びだんまりと口を閉ざすコウに、ヒヨリは眉間の皺を深くした。
 もう一度、コウに呼びかけると、コウは盛大にため息をついた。






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