執事ちゃんの恋
「ご当主がそう命ずれば……霧島としてはどうしようもございません」
どこか吹っ切ったような様子のヒヨリに、ますます苛立ちを募らせたのはコウだった。
バンとテーブルを両手で叩き、勢いに任せて立ち上がった。
「違う! 霧島じゃない、ヒヨリ自身はどうなの?」
「……」
「結婚したくないから、ヒナタの代わりに男装までしてここにいるんでしょ?」
「コウさま」
その通りだ。コウが言うことはすべて正しい。
チクリと胸の奥が痛む。
なんとか執事として、霧島の直系の女子として背筋を伸ばしたのに、それさえもすぐにへし折れてしまいそうだった。
ヒヨリの複雑な気持ちを読み取ったのだろう。
コウは、ヒヨリの頭をゆっくりと優しく撫でた。
年を比べれば、明らかにヒヨリのほうが年上だ。
しかし今は形勢逆転している。コウの手のひらの温かさ、そして優しさに諭される。
「ヒヨリは健くんが好きなんでしょ? どうして逃げるの?」
「……」
なにも言えなかった。
コウに問いかけられ、叫びたい気持ちを無理やり抑え込む。
好きだから言えない。
好きだから逃げる。
コウにそう言ったら、「それは違う」そう諭されることだろう。
少し前のヒヨリだったら、コウと同じ意見だった。
しかし、今のヒヨリにはわかってしまったのだ。
好きだからこそ、伝えられない想いがあるということを。
伝えても、現実は逃げることができないという雁字搦めの運命を受け入れなければならないときもあるということを。
口を閉ざして俯くヒヨリに、コウは大きく息を吐いた。