執事ちゃんの恋
「明日から本物の霧島ヒナタが私の執事よ」
「コウ、さま」
声を殺して呟くヒヨリに、コウは少しだけ厳しい表情を緩め、慈愛あふれる瞳を細めた。
「今の現状をぶっこわす勇気がもてたなら、私がヒヨリに協力してあげる」
「……」
「それまでは、ヒヨリの顔は見たくない」
「……」
内容はヒヨリにとってキツイものだった。
しかし、コウの気持ちが痛いほど伝わってきて反論する気はなかった。
黙ったままコウの言葉をすべて受け入れたヒヨリに、コウは少しだけ後悔したような表情を見せたが、慌ててすぐ顔を引き締めた。
「以上よ。今日はこれでいいわ。下がりなさい」
「……失礼いたします」
力なく立ち上がると、一礼だけしてヒヨリは部屋をあとにした。
パタンと音をたて閉められた扉。
コウは、ヒヨリの背中を最後まで見つめ続け、見えなくなってから息をついた。
本当は今すぐ「協力するから、任せなさい!」そんなふうに言いたかった。
だが、それでは意味がないのだ。
ヒヨリ自身が、心から今の状況を打破したいという気持ちを抱かなければ意味がない。
心を鬼にするということは、こういうことなんだと改めて痛む気持ちを抱いたコウは、誰もいなくなった部屋で一人ごちる。
「恋する乙女なんだもんなぁ、ヒヨリってば。あんな表情してたら、さすがの私だってヒヨリが本物の霧島ヒナタじゃないってわかるわよ」
恋に悩む乙女、そのものだったヒヨリ。
憂いを帯びて、それはそれは綺麗な横顔だった。
今までは素敵な男性にしか見えなかったヒヨリだったが、こうしてみてみると間違いなく女性にしかみえない。
そのことに何とも言えない気持ちが渦巻く。コウとしても複雑だ。
「あーあ、私は失恋かぁ」
悲しいというより、寂しい気持ちだ。コウは再び苦笑した。
「恋じゃないってことか、これは。じゃあ、これはノーカウントよね。次の恋、見つけるんだもんね」
ひとり呟いたあと、再びヒヨリのことを思い浮かべる。
ここ数日のヒヨリの様子や、健の様子を思い出し、コウは首を傾げた。
「あのパーティーでの一件を見る限りでは、健くんはヒヨリにメロメロって感じだったけどな。それなのにどうして健くんは大人しくしているんだろう?」
自分が健だったら、なりふり構わずヒヨリを奪い去るのに。
コウはますますわからなくなってソファーに勢いよく体を沈ませた。