執事ちゃんの恋
第36話
第36話
ヒヨリは今、〝料亭 九重”にある離れの一室の前に立ち、緊張をしながら佇んでいる。
部屋の中からは、何人かの声が聞こえる。
この中に今日の相手、詠二がいるのだろう。
『今週の土曜に決まったから、そのつもりで』
そんな電話が父、宗徳からかかってきたのは先日のこと。
見合いの席も突然だったが、人生の岐路といっても過言ではない結納の席もやっぱり唐突に決められた。
娘の大事な席だというのに、宗徳の口調はとても淡泊だった。
あれだけ抵抗を見せていた娘が、突然もぬけの殻のように沈黙を貫いているからだろうか。
これ以上は問題も起こらないだろう、そう宗徳は考えたはずだ。
しかし、最後のさいごまで気が抜けない。だからこそ、ヒヨリに刺激を与えないような口調になるのだろう。
ヒヨリは精神的にも肉体的にも疲れきっていた。
コウの下を去り、執事を辞めた。
ヒヨリの代わりには、ヒナタが入っている。
体面上はなにも変わっていないというこうになるのだろう。
それだけは救いだったかもしれない。
半ば諦めもあり、やけにもなっていた。
自分の思いだけで未来は決められない。
それは霧島の家に生まれてきたときから決まっていたこと。
そう漠然と思っていたことだが、いざその問題にぶち当たると逃げたくなる。だけど、逃げられない。
その葛藤がますますヒヨリを苦しめていく。
そして、それはいつしか諦めという境地に至ることに……。