執事ちゃんの恋
第37話
第37話
「では、そろそろ始めるとしようか」
栄西が一室に集まった面々の顔を見渡したあと、会の開始を宣言する。
和やかな雰囲気で始まった結納の席。だが、ひとりだけ心ここにあらずだ。
ヒヨリはチラリと目の前に座る詠二を見た。
縁談があったあの日、詠二は言っていた。
〝ヒヨリのことが可愛くてしかたがないといったら……お前はどうする?”
今回の縁談を持ちかけてきたのは文月家だと詠二は言っていた。
となれば、どんなに乗り気でない話だとしても、詠二が断ることなど不可能だろう。
それぐらい文月の名前は強力なものだからだ。
文月家に言われたから逃げれなかった。
もし、そう詠二が言ったのなら納得がいったし、ヒヨリとしても心に整理がついただろう。
お互い文月家に言われたからしかたなく縁談を受けた。
それならお互いが同じ気持ちということで、折り合いもついたかもしれない。
だが、そうではないと詠二はあの日確かに言っていた。
その上、ヒヨリのことを好意的に思っているとまでいっていた。
だからこそヒヨリは苦しかった。
もし、あの詠二の言葉が本当だったとしたら……詠二はヒヨリの気持ちを何もかもわかっていて、わかった上でヒヨリと結婚しようと思っているということだ。
胸が痛い。
詠二の言葉が嘘ならどれほどいいだろうか。
そうすれば健にまだ未練がましく気持ちがあったとしても取り繕うことができたのに。
まっすぐすぎて、優しすぎる詠二の気持ちが痛い。
自分は他所を見ているというのに、それでもかまわないといった懐の深さを見せつけられて、ヒヨリは戸惑うことしかできない。