執事ちゃんの恋
第38話
第38話
「ここって……」
ヒナタに連れられてきた先、それは以前ヒヨリが健に連れてきてもらったことがある喫茶 櫻だった。
サヤサヤとそよぐ風が頬をかすめ、辺りの木々の葉が優しく揺れる。
カサカサと葉が音をたてた。その音はとても心地が良い。
ここに初めて健に連れてきてもらったときのことを思い出す。
ここで健によって美沙子を紹介された。
あのときから続く嫉妬と不安と苛立ち。
その思いが再びヒヨリの胸を苦しくさせる。
表情を苦し気に歪めるヒヨリに、ヒナタは車から出て、店の二階を指差した。
指さす先、そこは美沙子と初めて対面した場所だった。
ますますヒヨリはそのときのことを思い出し、眉間に皺をよせる。
それにしても一体ヒナタは何を考えているのだろう。
そして、なぜにヒナタはこの喫茶店のことを知っているのだろうか。
どうしてヒヨリをこの場に連れてきたのか。
それもヒヨリは、文月家当主がセッティングした結納の途中だったのだ。
主である栄西にたてつく形でヒナタはヒヨリをここに連れてきた。
普通なら考えられないことだし、あってはならないことだ。
主を支え、影ひなたになりつつ従うのが霧島の人間だ。
それをわかっていないヒナタではないはずだ。
主の怒りを買うことは想定済みだろう。
だが、その怒りを買う決意でヒヨリを連れてきた。その理由とは一体……。
無表情のまま、喫茶店の二階を指さしていたヒナタがチラリと視線をヒヨリに向けた。