執事ちゃんの恋
「今、ここで健先生と村岡美紗子が二人きりで会っている」
「え……」
再びヒナタが指さした場所を見る。
駐車場からでは、その席に誰がいるのかはわからない。
本当にここにあの二人がいるというのだろうか。
―――― でも、なぜ? なんで二人でここにいるの?
自分の中で渦巻く黒く汚い感情に気づかず蓋をして無視を決め込みたい。
だが、それは無理な話だった。
ヒヨリは、ギュッと唇を強く噛む。
ヒナタはヒヨリの表情を確認するように顔を覗き込む。
「健先生は今、投げやりだからな。村岡美紗子の思うツボだと思う」
「投げやりって?」
「それは、ヒヨリが直接健先生に聞くことだよ。ほら、早く行ってこい」
「ヒナタ」
ほら、早くとばかりにヒナタは背中を押して促すが、ヒヨリはどうしても一歩が踏み出せないでいた。
今、自分が抱える薄黒い感情。これを健に見せるのが怖かった。
そして何より、仲睦しい二人を見る勇気など今のヒヨリにはない。皆無だ。
それをヒナタは今、ヒヨリに行って来いという。それは酷な話だ。
泣き言のひとつでも言いたくなったヒヨリに、ヒナタは盛大にため息をついた。
「なに怖気づいているんだよ、ヒヨリ」
「だって……」
呆れたように肩を竦めるヒナタを見て、ヒヨリは恨みがましく思った。
ギュッと唇を噛むヒヨリに、ヒナタは安心させるようにヒヨリの背中に触れた。
「大丈夫だって。それにこれはお嬢様の命令でもある」
「コウさま?」
突然でてきたコウの名前に、ヒヨリは唇を噛むのをやめ、驚きを隠せない表情を浮かべる。
やっと話を聞く気になった妹を見て、ヒナタは少しだけ安堵した様子を見せた。