執事ちゃんの恋
「栄西さまは、なんとしても健先生に文月家を継いでもらいたいと考えている」
「それは……さっき栄西さまも言っていた」
なんとか健が家を継いでくれそうだ、と栄西は嬉しそうに言っていたことを思い出す。
栄西は、コウではなく実弟の健に家督を譲りたいと考えているのは明らかだ。
それには健を文月家に拘束させてしまう理由が必要だ。
「健先生をなんとしても文月家の当主にと考えたとき、有益だと思われる家と婚姻関係を結ぶのが手っ取り早い」
「……だよね」
ヒナタの言葉に賛同したヒヨリは、ため息交じりに頷いた。
「栄西さまはまだ村岡の悪行の数々のことについてはご存知ない」
「え? どうして? 証拠押さえているんでしょ?」
「ああ。でもそれがそろったのが今さっきなんだよ。コウさまも今回のことは何かがおかしいと感づかれていてな。俺はコウさまに命令を受け探っていたんだ」
ヒナタは、カバンからファイルを取り出し、それを無言でヒヨリに渡す。
それを受け取ったヒヨリはパラパラとめくってざっと目を通したが、思わず眉間に皺を寄せてしまいたくなるような内容だ。
「栄西さまは、村岡が有益な家だと思っているからね。なんとしても村岡の力がほしいと考えている」
「……うん」
「で、ちょうどいいことに村岡には一人娘がいる。それも以前健先生の婚約者として名前があがっていた人がね」
「美沙子さんのことね」
「そう。村岡にしてみれば文月家との縁が繋がれば、一人娘の願いは叶えられる上に、悪事も暴かれず闇に葬れる」
書類をファイルに仕舞い、ヒナタに手渡したあと、ヒヨリはもう一度喫茶店の二階を見上げた。
ムンと唇を強く横にひくヒヨリの表情は、どこか強い意志を感じた。
ヒナタは、そんなヒヨリの横顔を嬉しそうに眺めた。
「今回のヒヨリの縁談だけどさ、村岡からの圧力といっても過言ではないよ」
「え?」
「なんでも健先生の周りで色気を振りまいて美沙子の邪魔をしている人間がいるって栄西さまにリークしたみたいだし」
「それって、もしかして……」
ヒヨリが唖然としていると、ヒナタはクスクスと笑った。