執事ちゃんの恋
第39話
第39話
異様な雰囲気だ。
振袖姿の女が息を切らせ、喫茶店でお茶をしている人に大声をあげたのだから。
ボーンボーンと振り子時計が2時を知らせている。
そのあとは、カチコチカチコチと振り子が規則正しく音を鳴らす。
そのバックでは耳障りにならない程度の音量で喫茶 櫻によく合ったジャズのナンバーが鳴り響いた。
そんな静かな昼下がりの喫茶店が一瞬にして異様な雰囲気となった。
幸いだったのは、二階の喫茶室には人はまばらだということだろうか。
パタパタと草履の音を静かな喫茶室に響かせ、ヒヨリは健がいるである二階の奥まった席へと走りこむ。
勢いだけだった。
怖くて目を開けてなんていられなかった。
ヒヨリは、ギュッと拳に力を込め、心の叫びをそのまま口にした。
文月家の一大事だから、コウの命令だから。
しかし、それは建前だった。
今、この場にいるヒヨリの思いは一つだけだった。
―――― 健せんせを渡したくない。美沙子さんには渡さない。
好きっていうシンプルな気持ちだけが、今のヒヨリを動かしていた。
ただ健を渡したくない。
それだけの気持ちで、今この場に立っていた。
「健せんせを離してください! あなたには……村岡家には、近づいていただきたくありません!」
言いたいことを言ったあとは、なにも考えられなかった。
宣言したはいいが、そのあとのことなど何も考えていなかったからだ。