執事ちゃんの恋
「先ほどまでいましたけどね」
「え!?」
「ここにいたのは私の顔見知りで、喫茶 櫻の常連客ばかりでしたからね。気を利かせてくださったんでしょう」
クスクスと楽し気に笑う健を見て、少しだけ恨みがましく思う。
ヒヨリは、軽くグーパンチを健のお腹にお見舞いした。
気を利かせてくれたということは……ヒヨリの叫び声や、健とのやり取りを聞いて、何かを感じて席をはずしてくれたということだ。
それはそれで……色々いたたまれない。
もう一度健の背中に腕を回し、ギュッと抱きついた。
そんなヒヨリを見て、健もヒヨリを抱きしめた。
こうして傍にいられる幸せ。その余韻に浸っていたヒヨリだが、まだ問題は山積みだったということに気がついた。
晴れて健と想いが繋がったが、まだまだ困難は待ちわびているはずだ。
なんせ健は文月家の人間。それも次期当主になると決意を新たにしたばかり。
一方のヒヨリといえば、文月家に仕える霧島家の者。
それもヒヨリは霧島にとっては跡取りとなる婿を迎えるための大事な女子となる。
二人の感情だけでは、どうにもならない運命を抱えているのだ。
ヒヨリは不安と恐れに震えながら、健にしがみついた。
「で、でも……健せんせと結婚は……家のしがらみで無理なんじゃ」
「おや? ヒヨリは霧島からなにも聞いていないのですか?」
「え?」
驚いて健に回していた腕を外し、距離を置いて彼を見上げる。
健はヒヨリの頭をゆっくりと撫でて、不思議そうに彼女を見下ろした。