執事ちゃんの恋
『はい、文月でございます』
きっと文月家のメイドであろう。
年は自分の母親よりもっと上、霧島を取り仕切っているヨネと同じぐらいの声の持ち主だった。
ヒヨリは、ゴクリと喉を鳴らしたあと、インターホンに向かって口を開く。
『霧島家から来ました。霧島ヒナタと申します』
『……お待ちしておりました。どうぞお入りください』
その言葉を合図に、ゆっくりと大きな門が重厚な音をたてて開く。
そこに広がるのは、立派な日本庭園。
噂には聞いていたが、さすがの庭構えだ。
ゆっくりと玉砂利をザクザクと音をたてながら歩く。
視線をゆっくりと池に移すと、思わず感嘆の声がでてしまうほどの風景が連なっていた。
ゆらゆらと揺れる水面、そしてその上を真っ赤なもみじの葉が一枚。
その景色が一枚の絵画のようで、ドキンと胸が高鳴った。
――― 健せんせが描く世界みたい。
もう自分のこと抱きしめてくれないであろう健のことを思い出して、胸がツクンと痛む。
小さな棘が刺さるような、無視を決め込みたいのに自分を主張するかのように棘の痕は痛みを増していく。
少し感傷的になりそうなときだった。
突然背後から誰かに抱きつかれてしまった。
背後から襲われたかと思い、咄嗟にその腕を掴み背負い投げをしようとした、そのときだった。
「待って!」
「え?」
可愛らしい声に動きを止めた。
掴んでいた腕を解き、後ろを振り返るとそこには日本人形のような女の子が立っていたのだ。
突然背後から抱きつかれたときは男だろうと思ったのだが、それは違ったようだ。
年にして中学生ぐらい、いや小学生かもしれない。
可憐すぎるぐらいにキラキラと瞳を輝かせて、ヒヨリを見つめているその少女。
着物を見れば、高価なものだと一見してわかる。さほど和服に興味がないヒヨリでもひとめでわかった。
一体、この少女は誰なのだろうか。
この文月家には高校生になるコウ様はいるが、小学生の女の子がいるとは聞いたことがない。
もしかしたら文月家とは縁の子なのだろうか。
親戚筋で小学生の女の子が誰かいなかったかと考え込んでいると、その少女はより一層瞳を輝かせ、ヒヨリのスーツの裾を掴んだ。