執事ちゃんの恋
「コウ様?」
ヒヨリを見上げるコウの表情はとても固い。
学校に行きたくないのだろうか。それなら、それとなく理由を聞かなければ。
少しでも学園生活を楽しんで過ごしてほしいから。
とにかくコウから話しを聞かねばと口を開こうとすると、コウに止められた。
「ヒナタ」
「はい、なんでしょうか、コウお嬢様」
「……」
コウの気持ちを和らげようと優しく笑うと、コウは真っ赤になってそっぽを向いた。
そして辺りを見渡して、深くため息を零したあとヒヨリをもう一度見上げた。
「ヒナタ。帰りは来なくていいから」
「は!?」
「運転手の冴島を寄こしてちょうだい」
まさかの迎えにこなくていい宣言を受けて、思わず固まってしまった。
コウを学園に送るという仕事の初日だというのに、突然そんな宣言を受けてしまったヒヨリはどうしていいのかわからない。
なにか気に障るようなことをしてしまったのだろうか。
そんなふうにヒヨリが戸惑っていうことがわかったのだろう。
コウは、口を尖らせた。
「ヒナタは、これからここに来ちゃいけません」
「どうしてでしょうか、コウ様。私はコウ様の執事。コウ様が行かれますところにはどこまでも着いていきます」
「わかってる。それがヒナタの仕事だってことは十分わかっている。だけど、もう来なくていい」
「どうしてでしょうか?」
「……」
「コウ様!」
無言のまま唸るコウに、ヒナタとしても必死だ。
高校生のコウを学校に送り届けて、迎えにあがる。
執事の仕事としては、絶対に外せない仕事のひとつだ。
自分の主を、無事に送り届ける。
それを見届けるまでは屋敷に帰ることなどできない。
ヒヨリとしても必死だ。
これだけは絶対に譲れない。
そんな意志を持ったヒヨリの表情をみて、コウはもう一度大きく息を吐き出して呆れたようにアゴで周りを指摘する。
「この状況がわかるかしら?」
「……は?」
相変わらず難しい顔をしているコウが、ヒヨリに少しだけ近づいて小声で囁いた。
コウがアゴで指した先にあるのは……人だかり?
これがどうしたというのだろうか。
この人だかりは、きっとコウのことを慕って彼女を見ているギャラリーだと思うのだが……。
注意深く見ていても、どの子も好意的な表情を浮かべている。
それもどこか憧れのような、熱に浮かされたような表情ばかりだ。
いったいこのギャラリーのどこが問題だというのだろうか。
このギャラリーは、今までだってあったはずなのに。
いまだこの状況を掴むことができていないヒヨリに、コウはムッと眉を顰め、怒りを露にした。